【5話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

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「聞いているのか、榎並さん。社会人が質問されて沈黙が許されるのは三秒までだと、俺はきみに今日話したばかりのはずだが?」
 氷のように冷たい眼差しが突き刺さる。美形がこういう目つきをすると、常人が同じことをしたときの十倍のダメージを相手に与えることができるということを思い知らされた。ああ、怖い。
 しかし、黙っていても埒があかないのは事実だ。わたしは思いきって息を吸い込んだ。
「会社の規則は知っています。けれど、どうしてもお金が必要だったので、バイトをしていました」
「副業をしていることが露見したら処分を受けることになる。悪質だと判断された場合は、懲戒免職に追い込まれる可能性もある。そのリスクを取ってでも、金が必要だったというわけか?」
 逃げ道をつぶして追い詰めていくような話し方は、旭課長のお得意技だ。
 ルールを破ったわたしが悪いということは充分わかっている。その上で、弟のためにどうしても必要だったから副業をしていた。生活できる額のお給料を会社からもらっているけれど、弟のためにプラスアルファが必要だったのだ。
 わたしにはわたしなりの事情がある。課長の言い分は正当だけれど、ついカチンときてしまった。
「そうです。そのリスクを取ってでもお金が欲しかったんです。だから副業をしていました。そうしないと、生活できないからです」
 正面きって言い返すと、課長はわずかに眉を寄せた。若干でも、鉄面皮が崩れるのは珍しい。
 ここがチャンスだ。わたしは畳み掛けた。
「そもそもいまの時代に、副業を禁止するという社則は合っていないと思います。不景気が長く続いて給料が思うように上がっていかない時代、足りない生活費を会社以外で補填することは理に適っていると思いませんか?」
「榎並さんの言い分はわかった。会社の給料だけでは生活費に足りないという事情も理解した。けれど俺は、社則の是非をきみと議論したいわけじゃない。聞きたいのは今後のことだ」
 こちらの土俵に課長は上がってこない。カチンとしてケンカを吹っ掛けてしまったわたしとは違う。さすが営業部のエースは頭が切れるな。
 押し黙るわたしを見つめながら、課長は言った。
「リスクは承知の上とのことだが、こうして俺に見つかった以上、なんらかの処分を受けることになる。その覚悟はできているのか?」
「……それは」
 懸命に努力して、一流商社の花形営業部にやっと配属されたのだ。営業という仕事に惹かれていたこともあるが、経済的な面で苦労をしてきた母親を見てきたため、安定してお金を稼いでいくことをわたしは最重視していた。だから出世の道を断たれたり、正社員という立場を奪われたりするのはキツい。
「……できれば処分は受けたくないです」
「そうか。では、きみの要望を聞こう」
 あくまでも冷たい声音だったが、その言葉を受けてわたしは身を乗り出した。もしかしたら見逃してもらえるかもしれない!
「憧れの営業一課にやっとのことで配属された矢先なんです。処分はされたくないです。旭課長、お願いです。副業のことは黙っていてもらえませんか」
「なかったことにしてほしいということなんだな?」
「今後一切、副業はやめます。家庭教師が突然いなくなったら梨々子ちゃんが困ると思うので、後任が見つかる一ヶ月くらいのあいだはやらせてもらってもいいですか。それが終わったらすっぱりやめて、会社の仕事だけに全力を尽くします。お約束します!」
 わたしは前のめりになって言い募った。鬼上司である旭課長が、この程度の訴えで社則違反を見逃してくれるとは思えない。でもなぜか、いまの課長ならそうしてくれるような雰囲気がある……ような気がする。
 真剣すぎるわたしの視線を受けつつ、課長は考え込んでいるようだった。この人が目を伏せていると、繊細なまつ毛が切れ長の目にかかって、余計にカッコよく見える。
「……そうだな。本来ならきみに始末書を提出してもらい、部長の判断を仰ぐところだが、榎並さんは優秀な営業部員だ。大きな商談をまとめた矢先でもあるし、ここできみを処分すれば、社益に関わることになる」
「課長、それなら……!」
 旭課長は、伏せていた目を上げてわたしを見つめた。
「梨々子の後任の教師が見つかり次第、榎並さんには副業をやめてもらう。その上で、経済的にどうしても生活が困難であると判断した場合は改めて俺に言ってくれ。上に掛け合い、特別措置が取れないか打診してみよう」
 裏でコソコソするのは駄目だけど、きちんと許可を取りにいこうとするのは認めるということだろう。旭課長らしいというか。
「どうもありがとうございます、課長!」
 わたしは勢いよく頭を下げた。
 でも、自分の家庭の事情を会社に話すのは気が引ける。父親が亡くなってからの生活苦を説明するのも精神的にしんどいし、同情されるのもつらい。伶奈のような仲のいい同期ならともかく、仕事での付き合いしかない課長や、さらに上のお偉いさんたちに打ち明けたいとは思わなかった。

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