【4話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

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 仕方がない。わたしは立ち上がった。
「簡単なものでいいなら作ってあげるよ。冷蔵庫の材料使わせてもらってもいい?」
「やったぁ! 咲先生のごはん大好きなんだよね」
 毎回ではないけれど、月に二、三回のペースで梨々子ちゃんにごはんを作るときがある。あり合わせで作るから簡単なものばかりだけど、カップ麺よりはいいだろう。
「梨々子ちゃんのお兄さんの分はいつもどおり作らなくていいの?」
「うん、外で食べてくるって言ってたからいらなーい」
 一階の対面式キッチンに入り、冷蔵庫や棚の中身を確かめる。パスタがあったから、これで手早く作ろう。もう九時過ぎてるし、早く食べさせてあげたい。
 キャベツを切ってパスタと一緒に大鍋で茹でる。そのあいだに、オリーブオイルとスライスしたニンニクと鷹の爪をフライパンに入れて、焦がさないよう弱火でじっくり炒める。香りが移ったら取り出して、代わりにシメジを投入してさらに炒める。そこへパスタの茹で汁を、強めの火で少しずつ混ぜ入れて、とろっとしてきたところで火を止めれば、パスタソースがほぼできあがる。
 パスタとキャベツをフライパンに加え、ソースと混ぜあわせる。ここはがっつり強火で、とにかくしっかり混ぜあわせる。そうすると、ソースがとっても美味しくなるのだ。
 パスタとソースが絡んだところでニンニクと鷹の爪を戻し、シラスを散らして、塩をちょこっと足して味を調える。よし、できあがり!
「いい匂いがしてきた。わあ、パスタ?」
「そう、ペペロンチーノね。お皿に盛ってくれる?」
「はーい!」
 梨々子ちゃんが盛りつけているあいだに、オニオンスライスとプチトマト、残しておいたキャベツでグリーンサラダを作った。食卓に運ぶと、梨々子ちゃんが目を輝かせる。
「美味しそう! ありがとう、先生!」
「どういたしまして。じゃあ帰るね。サラダも残さず食べるんだよ」
「食べていかないの?」
「パスタ、一人分しかなかったし。それに、家で下ごしらえしておいたのを今日中に食べちゃいたいしね」
 お借りしたエプロンを畳んで、わたしはトートバッグを肩に掛けた。
「それじゃあ梨々子ちゃん、また来週ね」
「はーい、ありがとうございましたー!」
 梨々子ちゃんはいつも玄関までお見送りしてくれる。わたしはスニーカーを履いて、扉のノブに手を掛けた。そのときである。
 力を入れていないのにガチャリと扉が開いたので、前につんのめってしまった。
「わっ」
「おっと、危ない」
 男の人の声が降ってきた。
 目の前のスーツに顔をうずめる形で、わたしはその人に受け止められた。すぐ後ろで「あ、お兄ちゃん」と梨々子ちゃんの声が聞こえてくる。
 いつも帰りが遅くて、一度も顔を合わせたことのないお兄さんが、今日は早めに帰宅したようだ。わたしは慌てて居住まいを正した。「すみません、お邪魔しております」と顔を上げた直後である。
 そこにあった涼しげな双眸が、わたしと目が合ったとたん驚きに見開かれた。
 たぶん、わたしも同じような顔をしていたと思う。
「榎並さん、なぜきみがここに!?」
「旭課長がどうしてここにいるんですか!?」
 声が被った、三秒後。
 わたしたちは、この状況をおそらく同時に理解した。旭課長は苦りきった顔でため息をつき、そしてわたしはその場にへたりこんだのであった。
 
 
「まずはきみからの釈明を聞こうか」
 針のムシロとは、まさにこの状態を言うのだろう。
 梨々子ちゃんのお兄さま──ひるがえって鬼上司の旭諒太郎を前にして、わたしは座布団の上に正座という固まりきった状態になっていた。
 ここは課長の自室である。パソコンデスクに本棚、ローテーブルとベッドが置かれただけの簡素な部屋だ。課長はパソコンデスクの椅子に座り、わたしを見下ろしている。スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを外し、足をラフに組んでいる姿はイケメン俳優さんのようだ。
 諒太郎サマのこんな姿を拝めるなんて、彼のファンの方々にどれほど羨ましがられるだろう。極度の緊張に陥ったわたしは、どうでもいいことに意識をそらすことによって平常心を保とうとしていた。うう、つらい。ここから逃げ出したい。こんなことが起こるなんて、神様を呪いたい気分だ。
 課長は、梨々子ちゃんに「おまえは自分の部屋に戻っていろ」と怖い顔で命じ、事情がさっぱりわからないであろう梨々子ちゃんは、ペペロンチーノとサラダを持って自室へ引っ込んでいった。心配そうにこっちを見る梨々子ちゃんに、「大丈夫だから」と目配せするだけがわたしの精一杯だった。
 だって、こんなのありえない偶然だ。
 梨々子ちゃんの苗字は旭で、課長の苗字も旭。よくある苗字というわけではないけど、ものすごく珍しいというわけでもない。だから、こんなこと考えもしなかった。
 禁止されている副業の仕事先が、鬼上司の自宅だったなんて!

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