【35話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

作品詳細

 重い病気じゃなくて良かったけれど、極度の過労を軽視はできない。世の中には過労死なんていう怖い言葉もあるくらいなんだから。
「退院はいつ? 一週間くらいはゆっくり入院させてもらえそう?」
「それが、ベッドや人手なんかが足りていない関係で、明後日には退院するよう言われてるんだ。薬と通院と、じっくり休養することで体調は元どおりになるから、これ以上入院する必要はないんだってさ。僕としては、一週間くらい入院させてほしいんだけどね。母さん、家に帰ったらまた動き回りそうだし」
 翔がため息をついている。お母さんは肩をすくめた。
「さすがに今回ので懲りたから、体が元に戻るまで大人しくしてるわよ。翔がちゃんと家事できるか心配だけど」
「どうして息子をもっと信用しないかな」
「うーん、でもわたしもそれは心配だな。わたしもなるべく、会社のあとや土日にそっちに顔出すよ」
 旭家でのバイトは、ごはんを作るだけなら一時間もあれば足りる。一緒に食べることをしなければ、団地に通うことができるだろう。
「でも姉さん、仕事忙しいんでしょう? バイトもしてるし、さすがに大変だよ。家と母さんのことは僕がちゃんとやるから大丈夫だよ」
「別に大変じゃないよ。入院用の下着を用意したときみたいに、女同士のほうが便利なこともあるしね。翔だって予備校のアルバイトとか、なにより勉強があるでしょ。全部A判定っていうことは、あんた相当努力してるんだよね。せっかくがんばってきたんだから続けなきゃダメだよ。だから協力しよう」
「……うん、わかった」
 翔は神妙な顔で頷いた。
 とにかくお母さんを休ませないといけない。いまのフルタイムの仕事をしばらく休職させて、回復したあとはパートタイムに移ってもらおう。もしくはお母さんは嫌がると思うけれど、ゆっくり過ごしてもらうのがベターだ。
 そういう諸々のことは、しっかり回復させたあとに考えるとして。
(いまの状況を考えると、団地に毎日顔を出す以外に、もうひとつ必要なものが出てくるな)
 お母さんが休職する期間の、生活費である。
 しばらくは働かなくても大丈夫なくらいの蓄えはあるはずだけれど、貯金を切り崩していくのは不安がある。いまできることがあるなら、やっておきたい。

「ええ? 土日のバイト、再開したの?」
 翌日の昼休みのことである。
 おみやげを渡したいからと言って、伶奈といつものパスタ屋さんに出掛けた。カルボナーラをフォークに巻きつけたまま、レナは目を丸くする。
「土日忙しくなっちゃうじゃない。平日もバイトなんでしょ? デートの時間はどうするの。もしかして別れたの?」
「違う違う。別れてはいないけど、うちの母親が倒れちゃってさ。しばらく休職するから、その分の生活費を補填しなくちゃならないんだよね」
 わたしは和風ツナパスタを口に入れた。この店でいちばんお安いメニューである。
 節約のために社食でお弁当を食べるのが最善なんだけど、おみやげは伶奈にしか買っていないから出てきたというわけだ。しばらく外食はできないかもしれないから、よく味わって食べている。
「倒れたって、大丈夫なの? 生活費の補填って簡単に言うけど大変じゃない?」
「過労ってことだから、とにかく休ませないといけないの。生活費のほうはなんとかなるよ。一応貯金もあるしね。貧乏性だから働けるうちに働いておこうってだけ」
「あたしにできることがあったらなんでも言ってよ。あんた、一人で抱え込んで無理するタイプなんだから」
「うん、ありがと」
 一人で無理するタイプか。そういうところもお母さん似なのかもしれないな。
 伶奈は、水を飲んでから言った。
「その状況、カレはなんて言ってるの? 向こうからしたらまともに会えない時期が続くわけじゃない? それ以上に咲を心配するだろうから、同棲しようとか、いっそのこと結婚しようっていう話になったりするんじゃないの」
「ええと……」
 わたしは口ごもった。伶奈が呆れたような顔になる。
「もしかして、お母さんのことをカレに言ってないわけ? 心配を掛けたくないとか、そういう理由で?」
「心配掛けたくないっていうか、これ以上甘えるのは申し訳ないし。大丈夫だよ。母親が働けるようになるまでのことだもん」
「お母さん、フルタイムには戻れないんじゃないの? そうしたら金欠が続くから咲も土日のバイトを辞められないじゃない」
「パートになっても金銭的にやっていけると思う。翔が、新しいバイトが追加で決まりそうって言ってたしね。時給のいいバイトなんだってさ。とにかく最低でも一ヶ月はお母さんを休ませたいから、その分の補填が必要なの。だから期間限定だよ。ずっと続くわけじゃないから大丈夫」
 付け合わせのサラダにフォークを刺しながら言うと、伶奈がため息をついた。
「あんたのカレに同情するわ」
「なんでよ」
「デートの時間を楽しく共有するだけの関係なら、学生時代で充分でしょ。咲は結局、自分の領域に踏み入ってほしくないのよ」
 グサッときた。
 言葉に詰まるわたしを見て、伶奈は自嘲気味にほほ笑む。
「ただ、迷惑掛けたくないっていう気持ちはわからないでもないわ。きっとあんたのカレは優しい人なのね。だからこそ言えないんでしょ?」
「……うん」
 わたしは、コップに口をつけたまま頷いた。
「すごく優しい人なんだ」

作品詳細

関連記事

  1. 【36話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

  2. 【6話】幼なじみエリート上司と一途で秘密な両想い

  3. 【3話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

  4. 【2話】堕ちて幸せ!?~復讐に燃える完璧令嬢は魔王の花嫁になりました~

  5. 【37話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

  6. 【4話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

  7. 【10話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

  8. 【最終話】堕ちて幸せ!?~復讐に燃える完璧令嬢は魔王の花嫁になりました~

  9. 【4話】犬猿同期ふたりの恋愛攻防戦!?

Bookstore

dブックロゴ

bookliveロゴ

PAGE TOP
テキストのコピーはできません。