【25話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

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 帰社時間になり、わたしはすぐにロッカールームへ向かった。着替える時間を惜しんで、スーツ姿のままカバンを引っつかみ外へ出る。地下鉄へ向かう途中で、諒太郎に連絡を入れた。
『ごめんなさい、今日は急用ができたので夕食作りを休ませてください』
 諒太郎はまだ仕事中だからメッセージを確認できないだろう。同じ内容を梨々子ちゃんにも送って、わたしはスマホをカバンにしまった。今日は金曜日だから、申し訳ないが家庭教師も休むことになる。振替日をいつにするかあとで電話しよう。
 電車内は混んでいて席が埋まっている。わたしは扉近くの手すりにつかまった。
 窓に、強張った表情の自分が映る。そこから目を背けて深呼吸をした。
(落ち着かないと……)
 旭家の最寄駅へ向かうのとは反対方向の電車にわたしは乗っていた。この線の終点に市立病院がある。いまからそこの入院病棟に向かうのだ。
 翔から掛かってきた電話の内容は、わたしたちの母親が仕事中に倒れ、救急車で病院に担ぎ込まれたということだった。それを聞いたとき、スマホを持つ手が震えた。
 大体にして、母親は働きすぎる人だった。わたしは本職とバイトを掛け持ちして働きまくっていたけれど、この気質は母親に似たのだ。
 でも、母親はすでに還暦に近い。若いころと同じようなペースで働いていたら体にガタがくるのは当然だ。
 だからわたしと翔が「生活の心配はもうないんだから、仕事はほどほどにしなよ」と言ってきたんだけど、「まだまだ大丈夫! 咲だけに翔の学費を負担させるわけにはいかないしね」と言って聞かなかった。その結果がこれだ。
 母は、自分の子どもが小さいときに夫に死なれて、女手ひとつで育てなければならないという境遇にいた。だから仕事魔になったのも仕方ないのかもしれない。でも、いまはわたしが働けているのだ。学費はわたしがなんとかする腹積もりだし、母親の体調が戻るまでのあいだくらい、経済的な援助はできるはずだ。
 諒太郎のおかげで土日がフリーになったから、そこにバイトを入れればいい。それで得たお金を母親に送金すれば、しばらく休ませることができるだろう。
(精密検査の結果が今日出るってことだったから……)
 悪い病気でなかったらいい。
 電車に揺られながら、そう祈った。

 市立病院の受付で教えてもらって、母の病室に急いだ。四人部屋の右奥、カーテンの囲いを「お母さん、咲だよ」と声を掛けながら開くと、中には翔もいた。
「姉さん、来てくれたんだね」
 丸椅子から立ち上がって「仕事お疲れさま」と言いながらわたしのカバンを受け取り、テーブルの上に置いてくれる。それから優しくほほ笑んだ。
「お母さん、さっき夜ごはん食べ終わって眠ったところだよ」
「そうだったんだ。体調は良くなってた?」
 眠っている母親を覗き込む。ショートカットからは白髪がうっすらと見えて、顔色はひどく悪い。疲れが溜まっているということがひと目でわかる。
「やっぱり元気はなかったよ。元気に見えるように振舞ってたけどね」
 気丈で明るい母は、疲れを外に見せることを嫌うのだ。わたしはため息をつきつつ、翔のとなりの椅子に腰掛けた。
「付き添いありがとね、翔。学校は大丈夫だった?」
「うん、今日は選択授業ばかりでたいしたものなかったから。あとでノートだけ友達に見せてもらうよ」
 翔はやわらかい口調で言う。お母さんが倒れたと聞いて、精神的にいっぱいいっぱいになっていたわたしだったけど、翔の顔を見たらほっとひと息つくことができた。
 わたしとお母さんは慌ただしく動き回るような性格だけど、翔はいつも穏やかだ。翔が怒ったところなんてほとんど見たことがないし、感情を乱して泣いているようなところなんてもっと見たことがない。
 お父さんが死んでしまったとき、翔は一人で部屋にこもって出てこなかったけど、あのときはたくさん泣いていたんだと思う。それ以降に翔が塞ぎ込んだことはない。自分で自分の感情を、激さずに調整することのできるような心の強い子なのだ。
 翔は優しくて賢いだけでなく、スタイルも顔もいい。医者の卵だからモテまくって女遊びが激しくなってもおかしくないけれど、そんなことも一切ない。さっきから姉バカ発言ばかりしているけれど、本当にわたしの弟なのかと思うほど出来た子なのである。
「精密検査の結果が出たんだけど……」
 翔の声のトーンがふいに下がったので、わたしは嫌な予感がした。
「ちょっと気になることがあるから、再検査したいって先生が言ってたんだ。だから入院はもう少し長引きそうだよ」
「気になることってなに? 過労で倒れたんじゃないってこと?」

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