【2話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

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「お疲れ、咲。諒太郎サマのお説教、今日もありがたくいただいた?」
 ロッカールームで着替えていると、同期の麻木あさぎ伶奈れなが声を掛けてきた。伶奈は黒髪ストレートのスレンダー美人で、総務部の華である。
 ちなみに諒太郎サマとは、旭課長の裏での呼び名だ。課長を恋い慕う女性社員の方々が、敬愛をこめてそう呼んでいる。
 わたしはスーツのベストをハンガーに掛けながら、ため息をついた。スーツから普段着にわざわざ着替えるのは、このあとの用事に差し支えないようにするためだ。
「もちろん今日もいただいたよ。あの冷たい目で見据えられると、蛇に睨まれたカエル状態になっちゃうよ。もう経験したくないけど、明日もきっと違うことで叱られるんだろうなぁ。課のメンバーも、あの冷たい声で一日一回はお説教されてるし」
「贅沢者ね。諒太郎サマにならいくらでも叱られたいって子、たくさんいるのよ。あの氷の眼差しで見下されながら、『ひざまずいてオレの足を舐めろ』って命じられたいそうだわ」
「うちの会社にはドM女子しかいないわけ?」
「本社の花形である営業部第一課に配属されること自体が難しいから、なかなかお近づきになれないのよね。咲はすごいわよ。配属された上に、結果もちゃんと出してるんだから」
「すごくなんかないよ。買いかぶりすぎ」
 Tシャツとジーンズに着替え終えて、肩下まで伸びた髪を手グシでささっと整える。メイクはもともと濃いほうではないので、お直しはパウダーを軽くはたくだけでおしまいだ。
「そりゃわたしだって、ずっと希望出してたから一課に入れたのは嬉しいし、仕事のできる旭課長の下で働けるのは勉強になるって思うけどさ。今回の商談がまとまったのだって、課長からアドバイスをたくさんもらった結果だし、自分の実力じゃ無理だったよ。だから、すごいのは課長だよ」
「ふうん。なんだかんだ言って、旭課長に好印象持ってるのね」
「仕事と人柄は別!」
 ロッカーの扉を閉めて、大きめのトートバッグを肩に掛けた。
「旭課長は冷酷な仕事の鬼だよ。鬼上司だよ。あの人と付き合いたいっていう人たちは理解不能。課長の彼女になったら、冷たい視線に毎日見下されて、淡々とした声でダメ出しされて、夜ごと涙で枕を濡らすことになるんだよ。そんな人生ごめんだよ」
「まあねぇ。でもそういう冷たいイケメンが、ふとした瞬間に甘ったるくデレてきたら、女としてときめかない?」
「……甘ったるくデレる……?」
 その姿を想像してみようと五秒くらい考えたけど、残念ながらまったく浮かばなかった。
「ごめん、無理。チラッとでも想像できない」
「そう? ああいうタイプほど、好きな女には一途で情熱的になるような気がするんだけど」
「そうかなぁ。そうとは思えないけど。じゃ、時間ないから先に帰るね」
「今日も例のあれ? 毎日がんばるわね。がんばりすぎて体壊さないようにね。それと、くれぐれも──」
 伶奈は、口紅を引き直しつつ声をひそめて言った。
「会社にバレないようにね。ヘタすればクビよ。諒太郎サマみたいな、規律に厳しいタイプの上司に見つかったら一巻の終わりよ」
「うん、わかってる。気をつけるよ」
 わたしは神妙な顔をして頷いた。
 そう、絶対に会社にバレるわけにはいかない。わたしがいつも、会社帰りと土日に特殊な予定を入れていることを。
 それは副業──つまり、アルバイトである。
 とある事情により、正社員の給料だけではどうしても足りない分を、わたしは家庭教師とファミレス店員のバイト料で補っているのである。

 わたしには無駄な借金もなければ浪費グセもない。国立大学に入学したときに奨学金を受けたので、月に二万円弱を返済に回しているけれど、会社からは一人暮らしをするのに事足りるお給料をもらえている。
 じゃあ、社則で禁止されている副業になぜ精を出しているのかというと、いわゆる家庭の事情というやつだ。
 わたしには弟が一人いる。現在大学一回生のしょうは、小さいころからとっても賢かった。
 都内でいちばんの公立高校に入学し、そして、日本でいちばんの国立大学の医学部に合格した。
 国立大とはいえ、医学部に通うのは費用がかかる。学費自体は文系学部と同額なのだが、卒業まで六年かかるからその分増えるのだ。教科書類もめちゃくちゃ高い。無事卒業しても、そのあとは二年間の研修期間が待っている。
 それでも、いつもがんばっている翔には夢を叶えてほしかった。翔は、保育園に通っていたころから「しょうらいのユメはおイシャさまになることです」と言い続けていた。その理由は、わたしたちの父親がそのころに病気で亡くなったからだ。

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