【1話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

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第一章 もっともバレてはいけない人に、バレました

 営業部第一課課長のあさひ諒太郎りょうたろう(二十八)は鬼上司である。
榎並えなみさん。話があるから来てくれないか」
 広々としたオフィスフロアの真ん中に並べられた、営業部第一課の十一台のデスク──いわゆる『一課のシマ』に、鬼上司・旭課長の静かな声が響いた。
 静かだけど、とってもよく通る声だ。そして、この声が聞こえたとき、課の全メンバーはいっきに固まるのである。
 わたし、榎並さきは、外回りのタクシー代や食事代の領収証をとりまとめている真っ最中だった。けれど、鬼上司からのお呼び出し以上に優先すべきことなど、この課には存在しない。
「はいっ、わかりました」と緊張感に満ちた返事をしながら、わたしはおずおずと出向いた。課のメンバーが、固唾を飲んでわたしを見守ってくれているのがわかる。ちなみに、課長のデスクまでの距離は、同僚のデスクふたつ分である。
「さっき提出してもらったM電産の成果報告書の件だが──」
 デスクに重ねた六枚のA4紙を指先でコツンと叩いて、旭課長はわたしを見上げた。
「榎並さんは、どのような考えでこれを提出可能な報告書だと判断した?」
 こ、怖い。
 冴えた美声と、怜悧な双眸から放たれる極寒のオーラを前に、わたしは縮み上がった。
 ただでさえ旭課長は、近寄りがたい系のクールなイケメン様なのだ。推定一七〇センチ半ばの長身に、仕立てのいいスーツをかっちりと着こなす痩せマッチョな体格。涼しげな目もとと通った鼻すじ、形のいい唇や男らしい手などなど、イケメン要素を数え上げればキリがない。
 旭課長のすごさは外見だけではない。彼は、入社三年目で本社営業部の成績トップに躍り出て以降、国内外を含めた大型の商談を次々に成功させた。
 この会社は完全なる実力主義である。旭課長は、二十八歳という若さで営業部第一課の課長に抜擢された、超有能営業マンなのである。
 わたしがこの会社に入社したのは二年前だ。そのころにはすでに、旭課長はエースとしての立場を確立していた。
 仕事ができて、イケメンで、女性社員からはモテモテ。こういう人種が本当に存在するんだということを知って、衝撃を受けたものだ。
「答えられないならそう言ってくれ。社会人が質問されて、無言が許されるのは三秒までだ」
「す、すみません!」
 わたしは慌てて頭を下げた。
 ええと、報告書の件で課長が言いたいこと……わたし、なにかミスしたかな。大きな商談をまとめてきたのだから、むしろ褒められる案件だと思うんだけど、どう見ても課長はお怒りのご様子だ。
「あの……資材費がいつもより高額になってしまった件が問題なのでしょうか」
「それに関しては、事前に報告を受けて把握している。別件だ」
 おずおずと答えたのをスパッと切り捨てられて、わたしは固まった。旭課長はため息をつく。
「つい昨日、朝礼で注意したばかりだろう。報告書は簡潔に。長くてもA4三枚、冒頭のサマリーで結果と現状がつかめるように書いてくれ。きみが提出したのは成果報告書だろう? これじゃあ議事録だ。必要のない会話のなりゆきを長々と読ませるな。時間の浪費以外なにものでもない」
 う、そのことか。指摘されたとおり、わたしの作る報告書は冗長な部分が多いような気がする。でも、細かいところまで書かないと不安になってしまう性格なのだ。
「すみません、すぐに書き直します」
 言いながら、わたしはちらりと腕時計に視線を落とした。午後五時五十分。定時まであと十分だ。できることなら残業はしたくない。このあと、どうしても外せない予定が入っているからだ。
(でもミスはミスなんだから、ちゃんとやらなきゃ)
 遅刻したらいけない大切な用事なんだけど、冷酷な鬼上司の命令は絶対だ。先方には謝罪の連絡を入れておこう。
 ボツになった報告書を手に取り、自分のデスクに戻ろうとしたとき、旭課長が言った。
「直しはいらない。それこそ二度手間で時間の無駄だ」
「えっ?」
「商談の要旨は把握した。次の報告書では同じミスを犯さないように。ここまで大きな案件を扱うのは、榎並さんは初めてだったな。どんなに小さくても、トラブルが発生したと感じた場合は俺にすぐ報告してくれ」
 冷たい声で言って、わたしの手から旭課長は報告書を取り返した。
「まもなく定時だ。ほかに報告がないなら、業務を終了していい」
「はい、わかりました」
 良かった、助かった。これで予定に間に合う。旭課長の効率主義に感謝だ。
 安堵の息をつきつつ、わたしは自分のデスクに戻った。

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