• HOME
  • 毎日無料
  • 【8話】高良さんに逆らえません!~過保護な俺様社長は甘すぎて危険。~

【8話】高良さんに逆らえません!~過保護な俺様社長は甘すぎて危険。~

作品詳細

 なぜひっそりなのかは、その後、明莉が全力で誤魔化したからである。
『冗談ですよ。真剣に答えないでくださいよ』
 泣きそうになりながら必死に笑ってそう言った。明莉がそのような冗談を言うようなタイプでないことは高良も知っているだろう。けれど、アルコールの力がすべてを誤魔化してくれたようだった。高良はある程度の時間飲んだことによって、酩酊までとはいかないが、思考力や判断力が落ちていた。それはかったるそうな仕草やいつものスピードよりややゆっくりめに話す様子や、ぼんやりとした瞳の動きで見て取れた。テンションもいつもとは少し違っていた。
 それに、それまでの流れから明莉も酔っていることが分かっていたのだろうし、だからその態度が多少いつもと違うところがあったとしても、おかしいとは思わなかったのだろう。
『はあ? 真面目に考えたのに、なんだよ』
 ったく、とぼやきながらも何かを感じ取った様子はなく、驚くほどあっさりとそれからその話題は流れた。
 ――真面目に、考えたんだ。
 最後の駄目押しのように、その言葉は明莉の心をバラバラに打ち砕いた。
 大丈夫。分かっていたはずだ。最初から付き合えるなんて思っていなかった。想定通り。ショックなんて受けていない。
 明莉は必死にその事実から目を背け、心の中で自身を叱咤して言い聞かせ、何とかギリギリのところで自分を保った。誤魔化すかのようにグラスの中身をがぶ飲みし、しかしそこからは一向に酔えずに空元気を装ったまま、終電だと言い訳して逃げるように去った。
 ――でも、それでよかったのだ。
 今でも、そう思っている。恋心を知られることなく、相手の気持ちを知れたのだから。もし、明莉の気持ちに勘付かれていたら、直接振られていなくても、気まずいことこの上なかったのだ。下手したら、関係がぎくしゃくしてしまい専属アシスタントから外されるか、相手は社長なのだから最悪会社を辞めかねなくなる羽目に陥ったかもしれない。
 高良の態度はそれからも全く変わらなかった。どうやら、その一件は酒席での会話の一つとして流され、高良は大して気に留めなかったらしい。覚えているかさえも謎だった。だから明莉が進む道は一つだけだったのだ。
 気持ちを吹っ切ること。高良を忘れること。
 けれど、それから一年以上経つのに、明莉は未だに高良を忘れられていない。今日のように気遣われるとぐらっときてしまう。大きな決断を躊躇いなくしたり、少々のことで揺るがない懐の広さを見せつけられると惹き付けられてしまう。時折屈託なく笑われたりするとキュンとしてしまう。
(どうして、忘れられないんだろ)
 明莉は体育座りみたいな体勢で、立てた膝の上にのせた腕に身体を丸めて顔を伏せた。
 毎日のように顔を合わせるから? 気にかけてもらえるから?
 だとしたら、もう一緒に働いている限りどうしようもないではないか。
(でもきっと本当にもう潮時ってことだよね)
 実は明莉は来月誕生日なのだ。あと一ヶ月もすれば二十九歳になる。
 二十九歳で処女。この現実は中々に重い。加えて由衣子の結婚が更に明莉の焦りを加速させていた。
 明莉だって結婚に夢はある。高良への思いをこじらせて相当縁遠くなってしまってはいるが、いつかは結婚がしたいし、子どもだってほしい。
 けれど結婚なんて今日明日ですぐできるものではない。相手を探し、交際をして相性を確かめ、結婚まで至る。電撃婚といった例もあるだろうが、普通に考えればそれなりの期間が必要だ。例えば三十代前半の内に結婚したい、子どもがほしいと思えば、これ以上高良を思ってグダグダする時間は明莉にはないだろう。
 由衣子から結婚の話を聞いて、突然、その現実が明莉の胸に迫った。今までだって分かっていたつもりだったが、それはまだぼんやりとしていて明莉の頭の中ではっきりと形を成していなかった。結婚なんて、まだどこか遠い世界で起こっていることのような感覚でいた。
 それが、由衣子の結婚で、急に身近なことになった。加えて、高良と椿の復縁の兆し。
 ――ここが自分のターニングポイントではないのだろうか。
「……そうだよね」
 ぽつりと明莉は呟いた。その声は小さかったが、決意が秘められているものだった。

 *

「え、合コン……ですか!?」
 驚いた顔をする佐和田を見つめて明莉は真面目な顔でこくりと頷いた。
 ここは会社の近くにあるインド料理屋だ。ここの焼きたてのナンとバターチキンカレーがとても美味しくて明莉はたまにランチで来ている。今日は佐和田を誘って二人で訪れていた。
 目の前にいる佐和田は何を言ってるんだといわんばかりの表情をしていた。そんなにおかしいことを言ったかと明莉は首を傾ける。
「なんで……え、七海さん、社長は? いいんですか?」
 身を乗り出すようにして言われたその言葉に今度は明莉が目を剥いた。
「……なんでそこで社長がでてくるの?」
 嫌な予感を覚えておそるおそる聞くと、佐和田はそこで少し気まずそうな顔になった。迷うように口ごもってから、ゆっくりと口を開く。
「……だって、七海さん、社長のこと……好きですよね?」
 瞬間、かっと顔が熱を持った。
 何てことだ。ばれていたなんて。明莉は思わず手で口を覆った。
 否定しようか。いや、今のこの反応でどう見てもばればれだろう。一瞬の間でそこまで考えて、明莉は観念したように小さく声を漏らした。
「……気付いてたの?」
「はい、七海さん、割と分かりやすいですし」
「うそお」
 恥ずかしさで全身が湯立つような気分だった。気を付けていたつもりだったのに。自分はそんなに顔に出ていたのか。そう思うと急にいたたまれなくなった。顔を晒していられなくなって、額に手を当てて強く押し付ける。
 その時、明莉はあることに気付いてはっとした。
「え、じゃあみんな気付いて……」
「い、いやいや。さすがにそれはないと思います。私ってそういうのすぐ気付いちゃうタイプなんですよ。人の好意に敏感っていうか。それにほらうちって男性が多いじゃないですか。男はそんなこといちいち気にしないですし。まあもしかすると……七海さんの近くの席の人は気付いているかも……しれないですけど」
 慌てたように弁明する佐和田の姿を見て、少なくとも周囲の席の人間は気付いている可能性があることを思い知った明莉は頭を抱えながら大きく息をついた。

作品詳細

関連記事一覧

テキストのコピーはできません。