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【6話】高良さんに逆らえません!~過保護な俺様社長は甘すぎて危険。~

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 不安気に翳っていた佐和田の顔がなぜかぱっと輝く。安堵のような表情を見せながら佐和田は急ぐような口ぶりになった。
「ですよね。なんか下にも顔出すみたいなこと言ってたから社長のところにも行くかも。七海さん早く戻った方がいいですよ」
「え、なんで?」
 明莉は内心の複雑な心境を押し殺すのに必死だったが、耳に入ってきた言葉に反応して思わず首を傾げる。佐和田の真意が分からず、まじまじと彼女を見つめた。
 話に出てきた椿美香みかは所謂高良の「元カノ」だ。
 dressはモデル事務所で、椿はそこの社長。自身もモデルで、美しい上にマネジメント能力もあった彼女はそのコネを活かしてモデル事務所を起業したと聞く。経営者兼、所属モデルの役目も果たしているので、確か三十を少し越えたぐらいの年齢だが、その美貌はまだまだ健在だ。
 ACTは動画広告にモデルやタレントを起用することも多い。その関係でdressとも繋がりがあり、仕事をきっかけとして交際まで発展したのか、過去二人は付き合っていた。
 高良は椿と付き合っていることをおおやけにはしていなかったが、明莉は二人が一緒にいるところにたまたま居合わせてしまったことがあったため、気付いてしまった。
 どちらとも目立つ容姿のせいか、どこかで目撃され一部の社員にもその仲が勘付かれてしまっていたようだった。
 けれど確か一年以上前に別れているはずだ。その原因ははっきりとは知らないが、別れたと高良本人から聞いたことがあるので事実であることは間違いない。
「い、いや……あ、ほらっ、お仕事の話だったら七海さんが傍にいた方が何かと話が早くなるんじゃないかな~と思って」
 佐和田が妙に慌てたような口ぶりで捲し立てる。それを不思議そうに見ながらも明莉は困ったように笑った。
「……そうだね。佐和ちゃんありがとう。なるべく早く戻るようにするよ」
「そうですよっ。社長をみは……あ、いえ、七海さんとにかく頑張って」
 謎の励ましを受けて何となく腑に落ちなかったものの、これ以上この話題を引っ張りたくなかった明莉はとりあえず頷いて佐和田とそこで別れた。

 佐和田の前では頷いた明莉だったが、結局はしばらく時間を置いてから自席に戻った。もし椿が高良のところに本当に寄るならば、二人並んでいるところを見たくなかったのだ。
 高良はすぐに戻ってこなくていいと言っていたので、それに甘えることにした。私情を理由にするのはかなり気が引けたが、これ以上仕事中にメンタルを乱したくなかった。
 戻る時はおそるおそるオフィスに入り、高良の席が見えたところでその近くに誰もいないことに安堵して傍まで寄った。コンビニの袋から高良のコーヒーを取り出してデスクの端に置き、その横にお釣りを置いた。
「戻りました。あの、ありがとうございます。私もコーヒーをいただきました」
 言いながらレシートをお金の横に置く。別に自分の分は自分で買ってもよかったのだが、明莉には高良の厚意を無にすることはできなかった。自分のコーヒーを頼んだのはどう見ても口実だ。明莉の様子を見て、休憩を与えてくれたのだろう。
 高良の親切はこうやって、いつもちょっと分かりにくい。
「おう」
 パソコンの画面から目を離さずに答えたその素っ気ない横顔を、こちらを見ていないことをいいことにじっと見てしまう。
 一見気だるそうに見えて、真剣な眼差し。引き結ばれた唇。男性的な喉仏のライン。頬に添えられた骨ばって大きな手。
(……触ってみたいな)
 それは不意に、溢れたように、明莉の心に押し上がってきた感情だった。刹那的に浮かび上がったことに驚いてはっとなった。今日はどうやらずいぶんと感傷的になっているらしい。
 明莉は心の中で仕事中に何を考えてるんだと突っ込みを入れると、高良から無理矢理視線を引き剥がした。
 ぺこりと頭だけ下げて自席に戻る。軽く息を吐いて気持ちを入れ替えるとスリープ状態になっていたパソコンを起動して、席を離れる前にやっていた作業に戻った。
(集中集中)
 そこからは無心で目の前の作業に没頭した。

 *

(椿さん、高良さんのところに来たのかなあ)
 その日の夜、明莉は自宅で目線だけテレビに向けながらひどくぼうっとしていた。既にシャワーを浴びて、ハーフパンツとTシャツという、リラックスした恰好に着替えている。何だかあまり食欲が湧かず、そうめんを茹でて簡単に夕食をとると、床に敷いたラグの上に座って酎ハイを片手に寝る前までの時間を自由に過ごしていた。
 すると、気持ちが緩んだからか、日中は考えまいとしていたことが自然と頭に浮かんできてしまった。
 はあと明莉はため息をついて額に手を当てた。
 高良はもちろんモテる。この四年間、知る限りでもちょこちょこ彼女がいた時期があって、明莉が直接見たのは椿だけだが、聞いた話によるともちろん全員美人らしい。それにそれだけではなくて、歴代の彼女は容姿以外でもみなハイスペックらしく、大体は華やかな職業に就いていたり、バリバリ仕事をこなすデキル系だったりと、とにかく平凡な感じの彼女は一人もいなかったと聞く。
 別れる理由は決まって高良の「忙しさ」で(これは高良自身が言っていた)、だから椿とも、すれ違いが多くなったり、会う時間が少ないことに不満を持たれたりしたことが別れの理由の一つだと察せられた。だとすると嫌いで別れた訳ではないので、ヨリを戻す可能性もなくはないのではないかと明莉は思った。
(もし椿さんとヨリ戻したらきっとまた落ち込むんだろうなあ……)
 くびっと酎ハイを喉に流し込む。甘ったるい味が口に広がった。しかしなぜか今日はやたらと苦い。
 たとえ椿とヨリを戻さなかったとしても、自分が高良の彼女になることはない。自分のスペックじゃ釣り合わないとか、自分が高良の好みではないとか、高良はそもそも部下に手を出すという、仕事上で不都合になりかねない選択はしないだろうとか、思うところは色々とあるのだが、そういった想像の範囲ではない、はっきりとした事実があった。
 明莉は高良に過去、既に振られているのだ。

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