【38話】高良さんに逆らえません!~過保護な俺様社長は甘すぎて危険。~
高良は何かに思い当ったような表情で「ああ」と言った。
「あれ、聞いてたんだ」
「すみません……立ち聞きのような真似をして」
「いや、聞かれてまずい話でもなかったし。あ、……てことは最後までは聞かなかったな?」
「まずいことを聞いてしまったと思ってその後すぐ立ち去って……え? 最後まで?」
「何か続きがあったんですか?」と首を傾けた明莉に高良は眉を顰めた。
「いやそこでいなくなったらまずいだろ。それじゃあ俺、すごい最低な奴……」
そこで高良は何かに思い当たったようにああ、と呻いた。
「それであの態度……そこにあいつまで……」
顔を片手で覆い、下を向いてため息をついた高良を見て明莉は困惑する。
「た、高良さん?」
急に落ち込むような素振りを見せた高良を、どうしたんだろう、と窺うように見た。すると高良はぱっと顔を上げた。
「早まったってそういう意味じゃないからな。いや正直、その行為自体は早まってしまったんだけども。でもそれは手を出したことが早まったという意味ではなく……」
そこまで言って高良は、「上手く説明すんの難しいな」と言って頭を荒っぽく掻いた。
「さっきも言ったけど、俺はずっとお前を好きにならないように、あえてお前をそういう風に見ないようにしてて。それは俺が何か言ったらお前は絶対無理してでも俺に応えようとするだろうから、言うことを聞かしてしまうのが嫌だったからだ。でも、お前が合コンに行ったって聞いた時、自分でもよく分からなかったけど何かすごい嫌で」
高良が考え考え口にするのを明莉は息を呑んで見つめていた。核心に迫ることを言おうとしているのがその雰囲気から分かったからだ。どうやら明莉は何かを勘違いしているらしい。高良の気持ちは自分が考えたことと違うのかもしれないと思えば、何かがひっくり返る予感に胸がさざめいた。妙に鼓動が速まる。なんとも言えない緊張感が明莉を包んでいた。
高良もまた、そんな明莉をじっと見つめていた。
「……お前が男と一緒にいるのを見た時、ものすごく頭がかっとなった。それで無理矢理にでも自分のものにしたくなって、実際、そうしてしまった。朝、起きた時に後悔したんだ。こんな風に勢いでやるべきじゃなかったって。お前は処女で、今まで大事にしてた訳だし。もしかして、理想とかあったのかもしれない。ちゃんと段階を踏むべきだった」
そこまで一気に言うと、高良は軽く息を吐いてから、「そういう意味での早まった、だよ」と言ってふっと笑った。
「悪かった」
「……そ、そんな、謝らないで、ください。私も、勝手に聞いて、勝手に勘違いしてしまって……」
続きが言葉にならず、明莉はそこで声を詰まらせた。安堵感で全身の力が抜ける思いだった。
違った、勘違いだったのだ。馬鹿みたいだとも思った。立ち聞きしたことを自分の解釈で勘違いして。高良に気持ちがないと思い込んで、一人で不安になって思い悩んでいた。こんなことならさっさと聞けばよかったのだ。
独りよがりの自分に対する恥ずかしい気持ち。だけどそれを上回る嬉しさと安堵。色々な感情が込み上げてきていた。せり上がるもので胸がいっぱいになって、言葉を口にするのも苦しいぐらいだった。
「いや、俺が悪い。ちゃんと言うべきだった。ずっと不安だったんだろ。気付かなくてごめん」
本当に申し訳なさそうに高良が言う。優しい声だった。堪えきれず明莉は視界が滲んでいくのを感じた。
高良の腕が上がって、指先が頬に触れた。それに気を取られていたらいつの間にか高良の顔が近付いていた。明莉は吸い込まれるように高良の瞳を見つめた。
「好きだよ」
言われた言葉に驚いて明莉は瞳を瞬いた。
その直後、柔らかい感触が重なって、離れた。
「なんでそんなに驚くんだよ。俺がこういうこと言ったらおかしい?」
「そんなこと」
ない、と言おうとして、明莉は少し躊躇った。嘘だ。本当は、高良は愛の言葉なんて言わないタイプだと思っていた。だからこそ、驚きと同時に胸に迫るものがあった。
「泣くなよ」
高良は困ったように笑った。それから手の平を頬に当てて、指の腹で浮かんだ涙を拭った。
「それで、お前は?」
「え?」
「え? じゃなくて。お前の気持ちだよ。本当のところ、聞いてなかった」
「そんな……の。分かって……」
明莉はみるみる顔が熱くなるのを感じた。もちろん、好きに決まっている。片思い時代から佐和田にもばれていたし、臼井だって明莉と高良は前から付き合っていると思っていたと言っていた。それはつまり、明莉の高良への好意が駄々洩れだったという訳で。付き合ってからは更に溢れ出ていただろうから、当然、高良だって分かっていると明莉は思っていた。
しかし、高良は不満そうに眉を顰めた。
「いやお前処女捨てたかったって言ってただろ。それで合コンにも行ってたし。もしかして誰でもよかったのかなとかちょっと思うだろ。まあその後の態度で少しは好意を持ってくれてるのかなとも思ったけど、俺がかなり強引に押し切ってきた自覚あったし、お前は俺に流されやすい。だから」
「す、すきです」
自分も高良を不安にさせていたのではと思えば、自然と言葉が出ていた。そんな風に高良が思っていたなんて意外で、居ても立っても居られなくなった。
「あの……割と前から、です。流されたとかじゃなくて……本当は上司にこんな感情持つなんてダメだって分かってたんですけど、いつの間にか好きになっちゃって。合コンも、処女捨てたかったのも、本当は高良さんを忘れるためで」
その言葉を言い終える前に、明莉は突然、ぐいっと肩を抱き寄せられた。えっと思った時にはもう、高良の顔が間近に迫っていた。
「ん」
押し当てるように、高良の唇が明莉のものに重なった。始まりはやや強引だったが、角度を変えて覆いかぶさってくるそれは、いつの間にか優しく絶妙な気持ちよさの力加減になっていた。頭の後ろに手を添えて明莉を固定すると、何度も何度も高良はキスを繰り返した。
最初は戸惑ったものの、すぐに受け入れた明莉は縋り付くように高良のワイシャツの胸元を掴んだ。うっすら開いた口から舌が差し込まれる。歯列を割り、口蓋や頬の粘膜を這い回り舌に絡んだ。