【37話】高良さんに逆らえません!~過保護な俺様社長は甘すぎて危険。~
その横顔を呆然と見ながら、明莉はじわじわと顔が熱くなるのを感じた。
(うそ……照れてる?)
椿は気付いている様子はなかったが、その乱暴な物言いが照れ隠しだということは明莉には分かった。そう思えば、いやそれが分からなくても、高良の真剣な表情には真実味があって。明莉は何だか泣きそうになった。
でもまだ気に掛かることはある。それでも、こんな風に言ってもらえるなら、何かもういいや、と思ってしまうぐらいには、その言葉は明莉を浮上させた。
「そういうことだから、もうおかしなことするのやめろよ」
さすがに高良がここまで言ってくると思わなかったのだろう。椿は「そんなこと別に聞いてない」とそっぽを向いた。うんざりした表情で高良がため息をつく。
「これ以上まだ何かするつもりなら、お前のところの事務所とも付き合いを考える」
その言葉に弾かれたように椿は高良を見た。
「なっ……そんな、仕事と混同させるなんてっ」
「プライベートを持ち込んできたのはお前だろ。会社にまで来て明莉に付きまとって」
図星をつかれたような表情で口元を歪めた椿に表情を戻した高良が、諭すように言った。
「もう明莉に何もしないな?」
「……わかったわよ」
しぶしぶ、という感じでそう言うと、やってられない、とでもいうかのように髪をかきあげて椿は身を翻そうとした。それより一瞬早く、高良が椿の腕を掴む。
「どうせ明莉に色々言ったんだろ。謝ってって」
「な……わかったわよっ。……ごめんなさい」
高良にじろりと睨まれて、椿は明莉の方へおざなりに顔を向けると抑揚のない声で不貞腐れたようにそう言った。
「これでいいでしょ。もう帰るから」
「態度わりいな……約束はちゃんと守れよ」
その言葉に顎を持ち上げて、ふん、と息を吐くと、椿は今度こそ身を翻し、カツカツとヒールの音を響かせて去って行った。
(……帰った)
その後姿を見つめる二人の間に沈黙が落ちる。何とも言えない空気を取り払うように軽く息を吐いた高良が明莉の方に顔を向けた。
「……悪い。電話ほしいって言ってたのってこの件だった? 少し前になんかやたらと連絡があって会いたいって言われた時があってさ。しつこいからロケで今週こっちにいないって言ったんだよな。だからお前の方にいったのかも。ごめん。嫌な思いさせたよな」
珍しく窺うように言われて明莉はどんな表情をしていいのか分からなくなった。高良の先ほどの言葉の余韻がまだ残っていて、少し照れ臭くもあった。明莉は意味もなく髪の毛を触りながら、「いえ」と短く答えた。
「さっき会った時に言ってくれたらよかったのに。様子がおかしかったのも、このせい?」
頷こうとして、明莉は動きを止めた。エレベーターで様子がおかしかったのは、あながちこのせいだけとも言えなかったからだ。いやでも、何て言おう、と頭を急いで働かせ始める。
「何かまだありそうだな。……移動するか」
そう言うと、高良は明莉の手を引いた。
*
「悪い。散らかってる」
先に入って電気を点けた高良がこちらを振り返った。確かに部屋は先日来た時よりも雑然としていた。高良は今週忙しかったし、昨日は家に戻ってないのだから無理はないのかもしれなかった。高良がローテーブルの上にあったものを、がさっと掴んでキッチンカウンターに移動する。空いたスペースに買ってきたテイクアウトのピザを置いた。夜ご飯をどうするかという話になり、どこかに食べにいく雰囲気でもないし作るには遅くなってしまうしということで、帰り道に買ってきたものだった。
「飲み物どうする? ビールでいい?」
ジャケットを脱いでネクタイを外した高良が、ボタンを緩めながら冷蔵庫へ向かって行く。所在なさげにソファに腰を下ろしながら明莉は、「はい」と言った。
あれから、高良は荷物を取りに一旦オフィスに戻ったが、すぐに下りてきて、二人で車に乗った。そこからやっぱり一番、家がゆっくり話せるのではということでそのまま高良の家に来ていた。
コン、とテーブルにビールを置いた高良は隣にどさりと腰を下ろすと、明莉の方へと身体を向ける。
「お腹空いてる? 先に食べるか」
「いえ、そんなには……」
「そ? じゃあ俺は話を聞きたいけど」
「……はい」
そんなにじっと見ないでほしい。ちらりと高良を見ると、真剣な顔でこちらを真っ直ぐ見ていた。思わずふいっと目を逸らしてしまう。
もう一度、見る勇気はなくて、仕方なくそのまま口を開く。その前に、決意を固めるかのようにごくんと唾を呑み込んだ。先ほどの流れのまま、勢いで言ってしまえばこんなに緊張することもなかったのだろうが、時間が経ってしまうと、改めて言うのはそれなりの勇気がいることになってしまっていた。
「……えっと、すみません、変な態度をとってしまって。実は私、聞いてしまって」
「何を?」
間髪入れず聞かれて、明莉は誤魔化すように笑いを浮かべたが、上手く笑えず、それは引き攣ったようになってしまった。けれど、きっかけとなることを言ったからか、それほどの躊躇いもなく次の言葉を続ける。
「……ここに泊まった次の日の会社での話です。高良さんがなかなか戻ってこなくて……私はあがる前に一言声をかけようと高良さんのことを探してました。それで、喫煙所に行って。そこに高良さんがいて、仙崎さんと話してて……」
「え」
高良が意外そうな声を出したので焦った明莉は急いで次の言葉を発した。
「べ、べつに立ち聞きしようと思った訳じゃないんです。だけど私のことが話題に上がってたみたいだったのをつい聞いてしまって。そしたら高良さんが『早まったかも』って。ごめんなさい……」
段々と尻つぼみになり、最後は蚊の鳴くような声になってしまった明莉は、言い終えると、おそるおそる高良を見た。