【36話】高良さんに逆らえません!~過保護な俺様社長は甘すぎて危険。~
「は? 何を言って……」
「男性を紹介してくれるとか余計なお世話です。高良さんが本当に椿さんとヨリを戻したいと言うのであれば、私は身を引きます。ご心配には及びません。きちんとお話しして、高良さんにも罪悪感を抱かせることなく、今後の関係にも影響を及ぼすことなく、きれいにお別れしますから。それから、他の男性とお付き合いしたいという気持ちになったら自分で探しますので」
椿に言葉を挟ませる隙間も与えず一気にそれだけ言うと、駄目押しのように明莉はにっこりと笑った。
椿は一瞬、呆気に取られたように口をぽかんと開けた。美人はこんな顔をしても美人なんだな、と明莉が場違いなことを考えながらその様子を見つめていると、その頬がさっと赤みを帯びた。
「な、にを言ってるの……! そんなの駄目よ。駄目に決まってるわ」
椿はその後も何かを言おうと口を開きかけたが、言うべき言葉が見つからないというようにその動きが止まる。きっちり口紅が塗られた形の良い唇がわなわなと震えた。
悔しそうに明莉を睨みつけるその瞳の奥は好戦的な光を宿していて、その気の強さが窺えた。
「せっかく私があなたのために……そうだ、あなたのためにお店に人を待たせているのよ。あなたのタイプが分からなかったから三人も揃えたのよ。みんなあなたに会えるのを楽しみにしているの。今更行かないなんて言えないでしょ」
椿は完全に気が高ぶってしまったようだった。途中でこれだと言わんばかりに声を荒らげると、ぐいぐいと腕まで引っ張ってくる。
明莉は内心参ったな、と思った。高良に執着していることもあるだろうが、おそらく引くことを知らない性格なのだろう。これだけの美人だ。きっと大抵のことは思い通りになったに違いない。
そのまま引きずってでも行きそうな椿の勢いに負けないように足を踏ん張りながら、明莉がどうしようかなと逡巡を始めた時、突然、後ろから驚いたような声が上がった。
「あか……えっ美香?」
ぱっと振り向くとそこには高良がいた。明莉はすぐに高良が自分を追ってきたのだと思い当たった。あまりよく考えていなかったが、あんな風に去って行かれて気になったに違いない。けれど外に出てみたら明莉と椿が一緒にいて、それも何やら揉めている様子で、高良には相当予想外だったのだと思う。明莉の腕を引っ張る椿を、目を見開いて凝視している。
高良の姿を見て、椿が明莉の腕からぱっと手を離した。
「何してんだよ」
高良は近くまで足早に歩み寄ってくると、二人を見比べ、結局は椿に視線を向けてそう訝し気に言った。
「別に……ただ話してただけ」
一気にトーンダウンした椿が気まずげにそう返した。気を取り直すように肩にかけたバッグを背負い直すような仕草を見せる。腕に着けている二連のバングルが擦れ合ってカランと音を立てた。
「そうは見えなかったけどな」
全く納得がいっていない様子で高良は探るように椿を見た。しかし、椿がそれ以上話さなかったので、明莉に視線を移す。
「偶然会ってちょっと話してた、って訳じゃなさそうだな」
説明を求めるような眼差しを受けて、明莉は困ったように首を傾けた。椿をちらっと見てから、考えるように何度か視線を彷徨わせて、それからおもむろに口を開く。
「……えーっと、高良さんは椿さんとヨリを戻したがっているけど、うっかり私と関係をもっちゃって私のことをきれなくなっちゃったから、全員が幸せになるために、私に素敵な男性を紹介してくれるそうです。そのためにここまで迎えにきてくれたらしいんですけど、それを私がお断りしたら、ちょっと押し問答に」
(……まとめてみたら無茶苦茶だな)
もう少しオブラートに包んでみようかとも思ったが別に明莉が椿にそこまで親切にしてあげる義理もないだろう。それに今までの椿のしつこさを思えば、ここではっきりしておかないと逆にまずいと思った。
「はあ?」
意味が分からないとでも言うかのように、高良が思いっきり眉を顰めた。どうやら思い当たることはなかったらしい。さっと鋭さを帯びた目つきと一気に気色ばんだ顔がそのことを如実に物語っていた。
はあっと大きなため息をつくと高良は椿を睨むように見た。
「……お前何考えてんの? いつ俺がそんなこと言った? 確かに少し前にお前から復縁を仄めかすようなこと言われたけど、もうそんな風には考えられないってちゃんと断ったよな。大体、どうせ別れた男にあてつけるためだろ、俺とより戻したがったのは。その男より条件が良い男が欲しいなら手近で済まそうとしないで新規開拓しろよ。そんなことに俺を利用するな。それに明莉に男を紹介するとか、やっていい事と悪い事があるだろ」
かなり怒っているのかいつもよりもぞんざいな口調で責め立てるように高良は言った。その迫力は中々のものだった。こんな風に言われたら明莉なら縮み上がるだろう。けれど、椿は違った。不貞腐れたような表情で煩そうに口元を歪めた。
「……うるさいわね。一から労力を割くのは嫌なのよ。新なら大体分かるもの。それにやっぱり新が一番ぴったりなの。私が望むものをすべて持っている」
「ふーん、今のお前は俺の望むものを全く持ってないけどな」
冷めた表情であっさりと言われてむっとしたのか、椿がきっと高良を睨む。
「何言って……! ふん、何が望むものよ。手近で済ませたくせに。うっかり関係をもったのは本当のことでしょ。どうせお酒の勢いとかで寝て、しぶしぶ彼女と付き合ってるくせに、望むものなんてよく言えたもんだわね」
「はあ? よくそこまで妄想で話せるな。明莉は俺のアシスタントなのに、うっかり関係を持ったりするわけねえだろ」
それなりに自信を持って言ったはずのことを妄想と一蹴されて、苛立ちを滲ませながら椿はせせら笑った。
「よくもそんなことが平然と言えるわね。付き合ってた時に言ってたじゃない。彼女をそんな風に見れないって。私はっきりと聞いたのよ」
「よく覚えてるな」と言ってはっと高良が鼻で笑った。それから明莉をちらっと見て、少し冷静さを取り戻したかのように表情を引き締めた。
「それは……その時は確かにそう思ってたんだけど、今思えばそういう風に思い込んでたんだよ。明莉の立場と性格と俺との関係性と色々考慮したら、俺が迫ったら絶対に断れないから。……うっかり好きにならないように予防線張ってたってこと」
その後で高良はやたらと険しい顔をして、「最近になってそのことに気付いたんだよ。だからその場の勢いで手を出したとかでは絶対にない」と椿に向かって吐き捨てるように言った。