• HOME
  • 毎日無料
  • 【29話】高良さんに逆らえません!~過保護な俺様社長は甘すぎて危険。~

【29話】高良さんに逆らえません!~過保護な俺様社長は甘すぎて危険。~

作品詳細

「あ、ちょっと、手……!」
「大人しくするんだったら放す」
「……わかりました。お言葉に甘えます。だから……」
 明莉が抵抗をやめると、高良は手を離した。そのままの動きで伸びてきた手が明莉のバッグをするりと取る。
「いいから」
 明莉が何かを言う前に高良はそう言って歩き出す。それを追いかけながら、明莉はマスクの下で唇をきゅっと引き結んだ。
 地下駐車場に着き、車に乗り込むと、高良は明莉から聞き出した住所をナビに設定して走り出した。出発した時にはまだ明るかった空は段々と日が沈んでいくにつれて翳り始める。カーオーディオから静かなメロディーが流れていて、明莉の心情のせいもあるのか、車内はそこはかとなくどんよりとした空気が漂っているようだった。
 明莉の体調を気遣っているのか、高良もあまり口を開かない。
「やっぱ、俺ん家行く?」
 ぼうっと窓の外を見ていた明莉は不意に掛けられた言葉に我に返ったように瞳を瞬いた。
「……どうしてですか?」
「いや、色々と面倒見てやれると思うし。体調悪いと一人だと不便なこともあるだろ。明日休みだしそのまま泊まれば」
 優しさからきている言葉だということは分かったが、明莉は素直に喜べなかった。それどころか余計に重苦しい気持ちになる。
 無理しているのではないか。彼氏として振る舞わなければいけないと思っているのではないか。
 気遣う気持ちは本物だろうし、たとえ恋愛感情をもてなくても、明莉のことは大切に思ってはくれているだろう。だからそこまで無理矢理に、ということではないのかもしれない。だけどどうしても疑ってしまう。耳から離れないのだ。『早まったかも』が。
 ここまで捉われてしまったら、何をされても、何を言われても、その真意を疑ってしまうのは目に見えている。もう高良の行動を素直に受け取ることはできないだろう。そんな状態で関係を続けていけるのだろうか。
 そう考えたら正しい行動は一つしかないのは分かっている。はっきりさせるのだ。あの言葉を聞いてしまったことを伝えて、高良の本当の気持ちを話してもらう。そして、その結果によっては、ただの上司と部下に戻る。
 ――元に戻る?
 果たしてここまできて元に戻ることなんてできるのだろうか。
「……ええと、大丈夫です。たぶんもう一晩ゆっくり眠れば回復できそうなんで。せっかくのお休み、邪魔しちゃ悪いですし」
 明莉は内心の葛藤を押し隠して、マスクで向こうからは見えないものの、笑っている雰囲気を出したくて、目一杯微笑んだ。
 何も起きていない頃に戻れる訳なんてないのだ。これで別れて、今まで通りに、高良の傍にいれる自信なんて、ない。
「邪魔って……そんな風に思う訳ないだろ。まあ、でもわかった。土日出掛ける予定ないから、何かあったら連絡しろよ」
「……ありがとうございます。そうします」
 うん、と返した高良がハンドルを切った。前を向く横顔をちらと見る。切れ長の目元を凝らすように少し細めている。明莉の好きな表情だった。ハンドルを握る筋張った大きな手。それが目に入れば、触れられた時のその少しかさついた感触を思い出して胸がぎゅっとなる。
 無理をさせているのだったら解放しなければならない。けれど、果たして手放せるのだろうか。
 高良の運転する車は特に迷うこともなく順調に明莉の家まで進んだ。家の前まできたところで明莉が邪魔にならない場所を選んで指定すると、ハザードを点けてそこに停まってくれる。車が停止したところを見計らって明莉はシートベルトを外した。
「家まで送ろうか?」
「大丈夫です。車放置するのも良くないですし。あの、本当にありがとうございました」
「ちょっと待って」
 丁寧にお礼を言って降りようとすると、呼び止められた。その言葉に振り返るようにして高良の方へ向き直ると、高良がこちらに身を乗り出すようにしていた。その距離の近さが思いがけなくて、明莉の心臓がどきりと跳ねた。
「マスク、ちょっとだけ外していい?」
「え?」
 指先が耳に触れてびくりと肩が揺れる。高良は髪の毛を掻き分けるようにして耳の後ろに指先を入れると、マスクのゴム紐を摘まんで耳から外した。そのままマスクを明莉の顔から取り去ると、近付いてきた唇が柔らかく重なった。何度か啄むようにしてからその温もりは離れていく。
「咳もくしゃみもしてなかったし、風邪じゃなさそうだからまあいいかと思って」
 呆気に取られたようにしている明莉に向かって、言い訳のように言った高良は、なぜか少し困ったように笑った。
 その顔を見た途端、ぎゅっと胸を掴まれたような感覚を覚えた。
 何か居ても立っても居られないような衝動が込み上げた。その次の瞬間、明莉は衝動的に高良の唇に自分の唇を押し付けていた。
 高良は少し驚いたのかもしれない。わずかに身体を揺らしたような気がしたが、すぐに明莉の肩に手を回して引き寄せるようにしてから、更に唇を深く重ねてくる。
 明莉はすがりつくように高良のカットソーの胸元をぎゅっと握った。もう一方の手を首の後ろに回し、その肌の感触を確かめるように何度も指先で撫でる。
 ――やっぱり、手放すことなんて、できない。
 高良のことを失えば、何もかもを失うことになるような気がした。不意に足元が崩れていくような恐ろしさが込み上げて、明莉は縋るように更にキスを求めた。

 *

 ふう、と小さく息を吐くと明莉はキーボードを叩く手を止めた。
 結局、あの日はしばらくキスを続けて、唐突に我に返ると何だかもうよく分からなくなって、慌てたように車を降りてしまった。それから土日の間で結局、自分から高良に連絡することはなかったが何度か高良からメッセージがきてそれに返事をしているので、全く連絡をとっていないという訳でもなかった。
 休みの間はほとんど出掛けなかった。誰かに高良とのことを聞いてもらいたい気持ちはあったが、由衣子は生憎と予定が入っている様子で、どうやら結婚式の準備で忙しいようだった。合コンからの経緯をかいつまんでメッセージで報告すると急展開に驚かれ、近々会って話そうということにはなったが具体的な約束まではしなかった。
 だから明莉には、たっぷり考える時間があった。家に帰って冷静になると、何だか腑に落ちないような気持ちになっていた。

作品詳細

関連記事一覧

テキストのコピーはできません。