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【28話】高良さんに逆らえません!~過保護な俺様社長は甘すぎて危険。~

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「あ、社長だ。おはようございまーす」
 佐和田の声に我に返る。エレベーターの中に既に高良がいたのだ。車で出社している高良はおそらく地下一階から乗り込んでいたのだろう。何とか平静を装いつつ、「おはようございます」と言って、多少ぎくしゃくした動きで行き先ボタンが並ぶ操作盤のすぐ前にいた高良の後ろに回り込む。あまりに遠い位置に行くのは不自然かと思ったからだ。少なくとも、佐和田は二人の関係を知っている。
(社内恋愛って上手くいかないと地獄だな……)
 おう、と短く答えた高良はいつもと変わらぬ態度だった。少し眠たげに瞬きをしている。今日は社外に出る用事はないのか、デニムにカットソーといった出で立ちでかなりラフだが、スタイルが良いせいか、やたらと決まって見える。本来だったら、朝から会えて浮かれるところだが、今の明莉にはとてもそんな風には思えなかった。
(……すぐに別れたら、周りに何て説明すればいいんだろ)
 人がすべて乗り込むとエレベーターは閉まって上昇していく。ぼんやりと高良の後ろ姿を見ながら、明莉の心はどこまでも沈み込んでいった。
 おそらく高良は別れようなんて言わない。冷たくしたり避けたり突き放したりもしないだろう。あくまでも彼氏の立ち位置でいてくれる。分かっているのだ。もう引き返せないことを。
 社内でばれてしまっている。明莉には勘違いをさせてしまった。今更、恋愛感情ではなかったなんて言えない。社長がアシスタントに手を出してすぐに別れたら、社内の雰囲気はどうなる? 皆、腫れ物に触るような態度になるだろう。信頼関係も損なわれる。それに何より明莉を傷つける。他にも考えていることは色々あるだろう。そこまでくれば高良は自分の心を欺き続けるしかない。
 後悔しているに違いない。何であんなことをしてしまったのだろうと。嫌々続けていく覚悟なのかもしれない。
 そんな風に高良の心境を考えると、気持ちは暗くなる一方だった。胸が詰まったようにぐっと痛む。
 これからどうすればいいのか一晩中考えたが、答えは出ていなかった。
 途中の階で人を吐き出したエレベーターの中はまばらになっていた。ACTのフロアで降りるのは三人だけだったが、降りた瞬間、明莉は腕をぐいっと引かれた。
「ちょっとこっち来て」
 見ると、高良が明莉の腕を掴んでいた。隣で佐和田がきゃっと小さく声を上げる。
 驚きで目を見開く明莉を高良は半ば無理矢理引っ張っていく。「先に行ってますねっ」と笑顔で手を振った佐和田が視界の端に見えた。
「風邪?」
 エレベーターホールにある自動販売機の影まで連れて行くと、高良は明莉の前に立った。顔を覗き込むようにされて、思わず目線を逸らしてしまう。
 明莉が何も答えないでいると、高良の眉間に皺が寄った。
「昨日連絡入れないで帰ったのは体調が悪かったからか? 何度か電話したけど寝てた?」
「……あ」
 そこで明莉は小さく声を漏らした。そうだった。帰る前に一言言うように言われたのだった。それどころではなくて、スマホはバッグに入れっぱなしになったままだった。まったく見ずに出社を迎えてしまったので、おそらく電源は切れているだろう。
 顔を上げると心配そうに見ている高良の視線とぶつかった。
「じ、実はちょっと……体がだるくて。その、連絡しなくてすみません。あ、でも一晩寝たらだいぶましになりました」
 思った以上に狼狽えてしまい、「なのでご心配なく」と早口で言い置いて、逃げるように去ろうとすると、高良が身体をずらしてそれを阻んだ。
「いや、だったら言えよ。そんな状態で帰ったら危ないだろ。送って行ったのに、なんで言わなかったんだよ。今日だって別に休んだってよかったんだし。連絡しろよ」
「すみません。でも、よく寝たら回復したので、大丈夫です」
 あまり誤魔化しがききそうにないので、今度は目を見てはっきりと言う。するとしばらく窺うように見てから、高良はふっと息を吐いた。
「分かった。もしひどくなったら無理せず言えよ。タクシー呼ぶから帰れ」
「……はい」
 明莉が頷くと、高良の表情が少しだけ緩んだ。そしてもう一度、「ちゃんと言えよ」と念を押すように言った。

 高良にはそう言われたが、体調が悪くなる訳がない。なにせ仮病なのだから。高良にも大丈夫だと再三伝えたが、すっかり明莉が無理をしていると思い込んでしまったようだった。高良はその日、何度か傍に来て、顔色が悪いと明莉を気遣った。
 風邪はひいていないが、昨日あまりよく寝ていないせいか、確かに頭はちょっとぼうっとしてしまっていた。もしかするとそれを見て、高良はますます勘違いしたのかもしれない。定時に明莉のデスクの傍に来た高良は、明莉を見て「もうあがれ」と言った。
「わかりました。すみません、ありがとうございます」
 素直にそう言って、明莉は帰り支度を始めた。もちろん業務時間内は一生懸命集中を心がけたが、今日の感じでこれ以上残ってもあまり仕事は捗りそうになかった。高良を視界に入れるだけで胸の内がモヤモヤして、傍に来て気遣われれば、ジクジクと痛んだ。
 帰る準備が整うと、明莉は高良のデスクに顔を向けた。
「すみません、お先に失礼します」
 それから、デスク周りにいる人たちへ声を掛けようと視線を移動しようとしたその時、高良が立ち上がった。
「待って。俺も行く」
「え?」
「みんな悪いな、お先に」
 近付いてくる高良を呆気に取られたように見つめていると、高良が急かすように背中に触れた。
「ほら、行くぞ」
 お疲れさまです、と口々に声が掛かる。どういうことだと問い正したかったが、周囲の視線が気になって明莉はぐっと口を噤んだ。結果、高良の促しに従うことしかできなくなる。明莉は廊下に出て二人になると、立ち止まってすぐに口を開いた。
「高良さん、これってどういうことですか」
「どういうことって、決まってるだろ。お前を送っていくんだよ」
「えっ、大丈夫ですよ。一人で帰れます」
「俺が心配だからダメ。今日はこの後もう何もないし。ほら、行くぞ」
 伸びてきた手が、明莉の手を掴む。そのまま引かれるようにされて、ついつい足が前に出た。

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