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【9話】イケニエ王子に甘く溺愛されて、呪いの魔女は戸惑い中!

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第三章

 レオニートという男。
 なかなかどうして有能だった。有能すぎて、リリィが困ってしまうほどだ。
「リリィ、洗濯物を片付けましたよ」
「あ、ありがとう」
「それから、小麦粉が切れていたので、小麦を挽いておきました」
「悪いわね。石臼で挽くのは大変なのに」
「このくらいは軽いものです。リリィの調合が終わったら、この部屋を掃除してもかまいませんか?」
「う、うん。助かるけど……」
 作業部屋は器材や薬の材料がゴチャゴチャ散乱していて、まさに足の踏み場もない。リリィは掃除が苦手で、片付けも得意ではなかった。
 しかし、レオニートが来てからはどうだろう。リリィの寝室も兼ねている居間は塵ひとつ落ちていなくて、台所はピカピカに磨かれている。不浄場や風呂といった水場も清潔さを取り戻し、一番散らかってしまう作業部屋も、毎日レオニートが掃除して整頓もしてくれるから、必要な器材や薬草をすぐに取り出すことができる。つまり、魔法の効率が格段に上がったのだ。あれがないこれがないと、部屋の中をひっくり返して探す手間がなくなっただけで、どうしてこんなにも作業がはかどるのかと、リリィは驚きを隠せない。
「王子様に、こんな家事能力が備わっているなんて信じられない!」
 いくつかの薬を作り上げたリリィはビシッとレオニートを指さして非難した。いや、非難する必要はまったくなく、むしろ感謝して労うべきなのだが、どうしても納得できない。リリィの想像していた王族とは、人に世話されないと何もできない人種なのだ。
 床に落ちていた本を一冊ずつ拾いながら、レオニートはにっこり微笑む。
「前も言いましたが、私は現国王の庶子です。五歳までは母と二人暮らしで、忙しい母の代わりに、私が家事を一手に引き受けていましたから、得意なんですよ」
「なるほど。って、五歳でそこまで完璧にこなしていたということ!? 天才か! しかも、その腕が、二十三になってもなまっていなかったってこと?」
 リリィが解せぬ顔をしているうちに、レオニートはてきぱきと本や器具を片付けていく。リリィは残った薬の材料を瓶に詰め直して、棚に仕舞った。
「床を掃くので、窓を開けますね」
 レオニートが作業部屋の木窓を開くと、氷樹に反射した陽の光が、まぶしく入り込んできた。
「……不思議ですね。外はこんなにも極寒の景色なのに、この部屋は暖かい」
 光に照らされるレオニートは、まるで氷の妖精のように美しい。
 リリィは、その姿を見て、まぶしそうに目を細めた。
「暖房が居間の暖炉くらいしかないのに、どうして家全体が温かいかってことが知りたいの?」
「ええ。家畜の小屋まで暖かいですよね。考えてみれば、『くらやみの森』は雪と氷に閉ざされた森です。ひとたび足を踏み入れると、方向感覚は狂い、迷って、心まで凍えそうな寒さに苦しむ。歴史上、誰ひとりとしてこの森を踏破した者はいない。――そう聞いています」
「ええ、間違ってはいないわ。この森全体に迷いの呪いをかけているし、あなただって、この家から離れた瞬間、その寒さに凍えることになるわよ」
 リリィもレオニートに近づき、一緒に窓の外を見る。
 こうやって暖かいところから見ると、凍った樹木も雪に包まれた土も美しく見える。けれども、それはこの家だからこそだ。
 普通の人間は、森に入った途端、陽の恵みを失う。暗闇と寒さと氷の樹に囲まれて、絶望を覚えるのは間違いない。
「答えは簡単よ。私が、家の周りにだけ森の呪いを遮断する結界を張っているの。それから、暖気の魔法で家全体を暖かくしているわ。でないと、鳥を飼育することもできないでしょ」
「そうですね。普通なら、鳥が生きられるような環境じゃない」
 レオニートの言葉に、リリィは頷く。
「『くらやみの森』の中にこんな場所があることを、人々は知ってはならないのよ。この森を畏れ、敬い、邪悪であり神聖でなければならないから」
「それが『魔女は孤独でなければならない』に繋がるわけですか」
 レオニートが、隣に立つリリィに視線を向ける。その目は穏やかで、優しかった。
 リリィは胸がきゅっと痛くなるのを感じながらも、手を強く握る。

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