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【3話】イケニエ王子に甘く溺愛されて、呪いの魔女は戸惑い中!

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 リリィは台所から大ぶりのナイフを取り出すと、シャコシャコと砥石で丁寧に研ぎ、切れ味を最高の状態にした。
「ふふ、熊を捌くなんてずいぶん久しぶりだわ。そうそう、お鍋の準備もしておかなきゃ」
 食材置き場から根菜を取り出し、井戸水で洗ったそのままをゴロゴロ鍋に入れていく。それを火にかけてから、リリィはナイフを手に勇んで小屋を出た。
「ふっふっふー。さてさて生け贄ちゃんとご対面ですよ~。ご馳走、ご馳走」
 鼻歌まじりで釘を抜き、重々しい棺の蓋をガコッと開ける。
「――ん?」
 わくわく気分で蓋を開けるも、中には、リリィの予想していた熊はいなかった。
 代わりに、棺に入っていたのは、ひとりの青年。
「……ニンゲン?」
 訝しげに青年を見つめて、リリィは大ぶりのナイフを手に天を仰ぐ。
「人間は、さすがに食えんわ!!」
 虚空に向かって叫んだ。人間は雑種でマズイらしいし、何よりリリィ自身も人間である。呪われた魔女であっても、共食いは勘弁願いたい。
「なんで人間入れるのよ! 人間を生け贄にするのは大昔のばばさまが禁止したはずでしょ!?」
 歴史を紐解くと、八百年くらい前は、人間の子供などが生け贄にされていたらしい。しかし、子供なんて貰っても困るし、養育も大変だ。おまけに独り立ちする時には子供の記憶を消して、どこかの国に放り出すしかない。だから『人間を生け贄にするな』と通達したはずなのだ。それなのに――なぜ、愚かにも人間は歴史を繰り返す!?
「あり得ぬ~あり得ぬ……」
 今年の生け贄を準備したのはローゼン王室だと、国民が噂していた。ならば天罰を下すしかない。
「私の年一回のお楽しみを奪ったその所業! 神が許しても私が許さぬ! ううう……」
 何の呪いをくれてやろう。王室の人間が全員腹下しに遭う呪いか、それとも一週間豚になって過ごしてもらうか。もしくは、常に尻穴にそよ風を感じる呪いにしてくれようか。
 恨みつらみを込めて悩んでいるうち、ふと、棺の中に収まる青年に目を向けた。
 その装束は、明らかにいち民草のものではない。白いレースのついたシャツに、金糸や銀糸をふんだんに使った翠色のジュストコール。生地はベルベットと絹の仕様で、大変に高価な服装だとわかる。
 月の光を寄り合わせたような白金の髪は美しく、相貌も驚くほど整っている。硬く目を瞑ったその姿は、まるで精巧な人形のようだった。
 しかし――、その美麗な姿がかすんでしまうほど、青年は傷だらけだった。頬にも裂傷があるし、高級な服もあちこちがすり切れ、破けている。
 不穏なものを感じて、リリィは青年の服に手をかけた。上着の留め金を外し、バッと広げてみる。
「うわ……」
 上着の中にある白いシャツは、血がべっとりとついていた。血液はすでに乾いていて、肌に張り付いている。
 リリィは真剣な顔をして、青年の形のよい唇に指を当てた。
「息をしていない。……死んでいる? いえ、違うわ」
 青年の口元に鼻を近づかせてクンクンと匂いを嗅ぐ。わずかだが、口元から薬の匂いがした。
「ヒソリネムの花と、セージ……この土っぽい匂いは、カラムの根ね。ということは……」
 ム、とリリィの眉間に皺が寄る。しばらく目を瞑って腕を組み、やがて頭を抱えて悩み出した。
「う~う~、でも、このままにしておくわけにはいかないわ……! というか、これ瀕死よ。死ぬ一歩手前よ。うぬ~! ローゼン王室め、なんて生け贄をよこしたのよ!」
 天罰だ。間違いなく天罰をくれてやる。全員、常に尻穴にそよ風を感じて居心地の悪い日々を送るがよい!
 リリィは呪いをかけることを心に決めてから、青年の身を棺から起こした。
「フンヌッ!!」
 そして、渾身の気合いをかけて、リリィは青年を担ぎ上げる。リリィの背は低く、細腕であるが、一人暮らしが長いせいか意外と力持ちなのだ。
 しかし、さすがに大人の男性を持ち上げるのは辛い。リリィは男を背に乗せて、ズルズルと引きずりながら家の中に入った。自分の寝台に男を寝かせると、台所に行く。
 すると、かまどには今か今かと肉を待ち受ける鍋が、くぱくぱと音を立てて具材を踊らせていた。
 リリィは悲しくなってため息をつくと、黙って鍋を持ち上げ、木のテーブルに置いた。これは後で保存肉を入れて、いつも作っているシチューにするしかないだろう。
「私のご馳走が……ハァ……」
 がっくりと肩を落とし、リリィは薬缶に井戸水をためると火にかけた。

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