• HOME
  • 毎日無料
  • 【2話】イケニエ王子に甘く溺愛されて、呪いの魔女は戸惑い中!

【2話】イケニエ王子に甘く溺愛されて、呪いの魔女は戸惑い中!

作品詳細

第一章

 今年の豊穣祭は、去年よりもずっと賑やかに、華やかに行われた。
 それというのも、今年は現ローゼン国王が即位して二十年という、おめでたい年でもあったからだ。祭りの仕切り役である王太子はここぞとばかりに国中を飾り、馳走を振る舞い、国民は喜び祝った。
 ――そして、慣習である『生け贄』の時間が訪れて、先ほどのお祭り騒ぎとは一転する。皆、厳かに表情を引き締め、ローゼン王国の衛兵が数人がかりで棺を運んだ。
 災いよ、起こすなかれ。
 呪いよ、振る舞うことなかれ。
 人々は古代言語で言葉を紡ぎ、願う。
 やがて生け贄を入れた棺は、『くらやみの森』の近くに設置された台座に置かれ――。しばらくすると、フワッと涼やかな風があたりを包み込む。
『災いを、起こすなかれ……そなたらの願い、聞き届けた』
 しゃがれた老婆のような声に、国民は、衛兵は、震え上がる。
『贄はしかと受け取った。謙虚の心を忘れず、今年も労働奉仕に励むがよい』
 黒い霧が現れて、棺が包まれる。
『時に……去年の猪は美味であった……あの猪を仕留めたものに、さらなる奇跡を与えよう』
 霧が晴れた時にはもう、生け贄の入った棺は跡形もなくなっていた。
 姿形も見えず、どこからか聞こえてくる恐ろしい声と、魔法のように消えてしまう贄。
 この情景を目にするたび、人々は『呪われた魔女』の息吹を感じるのだ。
 だから自らを戒める。魔女のおかげで、本来は芽吹くはずもない氷の大地に豊かな作物が実るのだと。このローゼン王国に生きる以上、自分達は魔女と共に生きるしか術はないのだと。なればこそ、魔女が口にしたように、謙虚の心を忘れず日々の労働に励むのだ。
「どうやら、呪われた魔女は去年の猪がお気に召したようだな。……よかった」
 民のひとりが安堵したように呟いた。
「あれを仕留めたのは、国一番の猟師の息子だっただろう。いい仕事をしたようだ」
「うむ。魔女が喜んでくれてよかった。おととしも、甘く実をつけた林檎をいたく気に入り、林檎農家に万能薬をくださったのだったか。ここ数年の魔女は機嫌が良いようだ」
「怒りを買うよりずっといいな。今年は誰の作物を棺に入れたんだ?」
 すると、あたりがシンと鎮まる。
「……知らねえな。……今年は確か、王族が用意したとか、聞いたような」
「それなら、大層な貢ぎ物が入っているだろう。今年も安泰だな」
「うむうむ。呪いの魔女にご機嫌あれ」
 民達は朗らかに笑いながら去っていく。
 ただ、ひとり。魔女が棲むであろう『くらやみの森』を、黙って見つめる男がいた。
 それは、現ローゼン王が息子のひとり。
 ――王太子、ローラルドだった。

 ◆ ◇ ◆

 ずるっ、ずるっ。
 凍てついた氷の森の中。何かを引きずる音が響く。
 引きずられているのは、先ほど生け贄として捧げられたばかりの棺だ。
「お、重い……まったく……飛翔の秘薬を忘れちゃうとか、私、うっかりすぎ……っ」
 棺に括り付けた綱を両手に持って引っ張りながら、ブツブツと呟く声は、先ほどのしゃがれた声とは打って変わって高く、年若い雰囲気だった。
 大きな黒いフードは顔の半分までを隠し、同色のローブは足元まで伸びている。
 ずるっ、ずるっ。
「ハア……ハァ……今年の生け贄、重すぎじゃない……!?」
 荒く息を吐きながらぼやく。しかし、フードの奥に見える赤い唇は嬉しそうに弧を描いていた。
「これは、ハァ……大物の予感……ハァ……! 腕が鳴るわね。今年は、ハァ、熊かしら。ウフフ、熊鍋……皮は丁寧になめして、ハァ、毛皮の防寒具を作るわ。ウフ……フフ……」
 棺の中に入っているであろう生け贄に夢を馳せ、魔女はキラキラと目を光らせる。
 そして、ゼェハァと息を堪えながらようやくたどり着いたのは、凍てついた森の真ん中に建つ、丸太造りの家だった。
「はぁ~っ! 重かった!」
 棺を玄関先に置いた魔女は、まず家に入って、被っていたフードつきローブを外した。
 太ももまで伸びる長い黒髪。春の花のような紅色の唇、平凡の域を超えないが、利発そうな活気ある相貌。
 彼女こそが、ローゼン王国で畏れられ、奉られる存在。
 千年を生きる呪われた不死身の魔女・リリィフェオドラ、その人だ。

作品詳細

関連記事一覧

テキストのコピーはできません。