「佳穂らしいな。前向きで、頑張り屋で。それに、リーダーシップもあると思う」
「そんな……。言い過ぎよ」
急に照れくさくなって、彼から視線をそらす。褒められたこともだけど、“佳穂らしい”という言葉が一番心に響いた。
だって、そんな言葉は、昔から私を知っていないと言えない言葉だもの。私との思い出は、彼のなかでまだちゃんと残っているといいな。
「同級生からも、頼りにされてたもんな。佳穂のことは、仕事でも頼りにしてる。俺もフォローしていくから、頑張ろうな」
「うん」
よかった。こんな風に普通に話せて、心がすっと軽くなっていくみたい。隼人のためにも、今まで以上に仕事を頑張りたい。
「じゃあ、隼人の都合のいい日は来週の金曜日ね。そして、お店は和風系ってことで探すから」
彼の希望を聞き終え、部屋を出ようとするところで腕を掴まれた。不意打ちのことでドキッとする。
「あのさ、佳穂……」
「な、なに?」
ゆっくり振り向くと、隼人はなにか言いたそうな顔をしている。彼の言葉を数秒待っていると、隼人は首を横に振った。
「ごめん。なんでもない」
「あ、うん」
なんだろう。なにが言いたかったんだろう。私の腕を離した隼人は、部屋の鍵と扉を開けてくれた。
デスクへ戻りながらも、隼人の気持ちが気になって仕方ない。絶対に、なにかを言いたそうだったから。どこか思いつめた表情でもあったし。私に、なにか聞きたかったの? それとも、なにかを伝えたかった? 隼人に掴まれた腕には、まだ感触が残っている。温かくて、大きな手だった。
私が知っている、まだあどけない手とは全然違う──。
「それでは、みなさん。乾杯といきましょう! かんぱーい」
隼人の歓迎会の日がやってきて、裕太はノリノリで乾杯の音頭を取っている。
お店は、会社から徒歩十五分ほどの場所にある、創作居酒屋。和食がメインで、お造りの他に、魚や肉料理もあってバラエティ豊かだ。参加者は、全部で三十名。
他課からの出席者も多く、ニューヨーク帰りの隼人から意見を聞きたいと、営業さんたちがさっそく彼を囲んでいた。
「やっぱり、お座敷の個室でよかったな。ゆっくりできる」
裕太と私は幹事のため、入口近くの席に座り、料理やお酒を堪能しながらも、周りに目を配っている。
他課の課長への配慮も必要で、お酒がなくなる前に注文をしておかなければいけない。
私のほうは、残念だけれど隼人とゆっくり話す機会はなさそうだ。
「本当ね。オシャレで落ち着いた雰囲気だから、みんなも喜んでいたし」
「だよな。俺も、田辺課長と話しがしたいけど、無理っぽそうだな」
裕太は羨ましそうに、奥の席へ目を向けている。数人の営業さんが、瓶ビール片手に隼人に挨拶をしていた。
「ここは気にしなくていいから、行ってきたら?」
「まさか、佳穂一人に任せていけるわけないだろ?」
裕太がそう言った瞬間、由紀ちゃんが笑顔で声をかけてきた。
「本当に、佳穂先輩と小松さんって仲がいいんですね。愛されてるじゃないですか、佳穂先輩」
彼女の声は高くてよく通るから、近くに座っている人たちの視線を集めてしまった。
普段から、からかわれることが多いのに、お酒も入っていることから、はやし立てられてきた。
「そうよ、佳穂。小松くんと付き合っちゃえば?」
「裕太が、もっと攻めないのがいけないんだよ」
と、みんな好き勝手に言っている。私は隼人に聞こえないかと、ヒヤヒヤしているというのに。
「だよな。俺の押しが弱いのか」
裕太もお酒が入り始めて、テンションが高くなっている。冗談だとしても、私にとっては笑えない。
とはいえ、この盛り上がった雰囲気で、真剣に否定するのも空気を壊しそう。仕方なく、呆れたような表情だけして、この場をやり過ごす。そういえば、絵美はどこにいるんだろう。
隼人に未練があると教えてくれた彼女は、最近さらにやる気を出して空回りしている。
仕事の押しつけが多くて、由紀ちゃんたち後輩から、不満の声を耳にしていた。
辺りを見回していると、絵美は隼人から二席離れたところで、静かに飲んでいる。でも目線は、しっかりと隼人に向いていた。
絵美のこともあるし、隼人への気持ちを、どうしたらいいのか分からない。告白をして、彼に気持ちを伝えられたら、すっきりするんだろうけど。でも、そんな勇気はない。せっかく隼人と再会して、普通に話せたのだから、しばらくはこの距離感を保っていよう。