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【29話】幼なじみエリート上司と一途で秘密な両想い

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「昨日の発注履歴を、見てみろよ。ここ、数字が間違っていないか?」
「え……? ほ、本当だ」
 海外工場へ送ったデータの一部に、ありえないほど小さな数字がある。
「ゼロが二つも足りない。このまま、少ない個数で顧客のところへ送付されるぞ?」
「どうしよう……」
 これは、大手食品メーカーから、裕太が受けてきた案件のものだ。他社との競合が激しくて、コンペでやっと勝ち取ったもの。
 とてもうるさいクライアント先として有名なのに、こんな凡ミスで迷惑をかけたら、二度と受注がないかもしれない。
「時差があることだし、なんとかならないかな……。月末に、クライアントが大規模なデモンストレーションをするらしいんだ。最低でも、それまでに間に合えばいい」
「でも、海外からだと、日数がかかるもの。それに、今からだと、データ入力したら、バラバラに商品が到着しちゃう」
 マウスを握る手が震えてくる。昨日は、絵美に指示された仕事に追われていて、どこか注意力が散漫になっていた。
 大事な発注だったのに、どうしてこんなミスを犯してしまったのだろう。情けなくて、自己嫌悪でいっぱいになる。
 隼人の優しさに、甘えている場合じゃなかった。
「それは、俺からクライアントにうまく誤魔化すよ」
 裕太は、必死で私のミスを分からないようにしてくれている。だからこそ、余計に申し訳なさでいっぱいになった。
「課長や部長にバレるのは、時間の問題よ。チェックがかかるから、不自然な注文は目につくもの」
 ミスを誤魔化したりしたら、どれほど社内で信用を失うか分からない。それも、裕太を巻き添えになんてできなかった。
「だけど、佳穂がこんなミスをするなんて、俺のせいだろう?」
「え? なに、言ってるの?」
 隣の席の由紀ちゃんがいなくてよかったと思いながら、裕太を見つめた。
「先週の金曜の夜、俺のしたことで、佳穂をいたずらに動揺させたんだと思う」
「違う、それは絶対にない」
 思わず声を上げそうになり、小さく訴える。だけど、裕太は苦しげな表情で首を横に振った。
「悪かったと、思ってるんだ。本当は、謝りたくて。このミスは、俺がなんとかする」
 さっと立ち上がった裕太は、営業鞄を手に取る。そして、私に小声で囁いた。
「とにかく、佳穂はなにもするな。いいな?」
「えっ? で、でも」
 私の言葉を聞く間もなく、裕太は足早にオフィスを出ていった。今から、アポがあるんだろう。
 今日は、帰社をしないかもしれない。本来なら、すぐに隼人に報告するべきことなのに。
 でも、裕太になにもするなと言われたら、そうするしかない。本当に、クライアントと交渉してくるのかもしれないし、へたに発注しないほうがいい場合もある。
 だけど、もしそうでなければ、時間が経てば経つほど、問題が大きくなってしまう。
 どうしたら、いいのだろう。それに、裕太は自分のせいで、私がミスをしたと思っている。
 だけど、本当のところは絵美の無理やりな業務依頼のせい。そう考えてしまい、慌てて打ち消す。
 誰のせいでもなく、自分のせいなのに。抱えきれない仕事なら、引き受けるべきではなかった。
「佳穂、手が空いてる?」
 それまで離席をしていた絵美が、なにやら大量のA四サイズの紙を抱えている。
 もしかして、それをどうにかしろと言うのか。ざっと見積もっても、数百枚はある。
「ううん、空いてない」
 素っ気なく返すと、絵美はどこか驚いたような顔をした。私が、二つ返事で引き受けるとでも思ったのか。
「どうしても? これね、部長会議で使うものなんだって。ホチキスで留めていってほしいんだけど」
 それを持ってくるために、昼休憩後から姿が見えなかったのかと、半ば呆れる。
 だけど、私も応接室で隼人と一緒にいたのだから、人のことは言えない。一度、山積みの資料に目を向けたけれど、首を横に振った。
「やっぱり、無理よ。他にも仕事があるから」
「いいじゃない。今は、繁忙期でもないし、この資料のほうを作ってよ」
 その繁忙期でもないのに、私は裕太に迷惑をかけるようなミスをした。私には、これ以上の仕事をやれるだけの力はない。
「だから、できないってば」
 半分苛立ちを覚えながら答えると、絵美はあからさまにムッとした。眉間に、深いしわを作っている。
「そんなことを言っていいんだ?」
「どういうこと?」
 ほとんど脅しに聞こえるほど、絵美の声は低く太いものになっている。抱えている資料の山を自席に置いた彼女は、きつく私を睨むと乱暴に座った。
 私の質問には答える気がないようで、黙々と資料をホチキス留めしている。
 いったい、なんだというのだろう。仕事のミスもあり、とことん気分が落ち込んでしまった。

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