会が始まってから、二時間近くが経ち、みんなもいい雰囲気に酔いが回っている。笑い声も聞こえてきて、盛り上がっているようでホッとした。
「裕太、ごめん。ちょっと席空けるね」
「オッケー。そういえば佳穂、二次会は無しでいいんだよな?」
「うん。ここが終わったら、解散の予定よ」
と、このあとのスケジュールを確認し合うとお手洗いに立った。二次会は、強制されるのを嫌がる社員もいることから予定にしていない。ただ、有志で行く人たちもいるだろうから、隼人がどうするのか気になる。
私自身は、一次会で帰ろうかと思っているけれど、隼人がいるなら二次会に行こうかとも考えてしまう。
「どうしようかな」
お手洗いを済ませて出たところで、隼人と出くわし驚いた。
「は、隼人。隼人もお手洗い?」
お店の奥だからか、お客さんの声が遠くに感じる。お手洗いには他に人がいなかったし、今ここにはまさか私たち二人だけ?
そう思ったら、とにかく緊張してくる。
「いや、佳穂を追いかけてきた」
「え……?」
どういう意味? 私を見つめる彼の目は真剣そのもので、すっかり戸惑ってしまった。
「こういう機会でもないと、佳穂に声をかけづらいだろ? お前さ、小松くんと付き合うの?」
飲み会とはいえ、隼人は酔いがまわっている様子はない。いつもどおり、仕立てのいいスーツを着こなしていて、勢いでこんなことを言っているわけではないと分かった。
だからこそ、私も緊張が大きくなっていく。
「ううん……。裕太とは、同期で仲間。それ以上の関係じゃない」
「そっか。それなら安心した」
「え? 安心って?」
ますます胸が高鳴っていくなか、こちらへやってくる女性の声が聞こえてくる。
社内の人ではなさそうだけれど、隼人は私の手を引っ張ると目の前の鉄扉を開けた。
そこは、お店の非常扉で、螺旋階段が続いている。建物の中とはいえ、少し肌寒かった。
それに、踊り場が狭いせいで、隼人と体が密着する。ドキドキしながら彼を見上げると、隼人はもどかしそうな目で私を見つめていた。
「佳穂、好きだ。ずっと、お前を忘れられなかった。中学三年生で離ればなれになってからずっと……」
「隼人、本当?」
思ってもみない彼の気持ちを伝えられ、まるで夢でも見ている気分にさせられる。
絵美が言っていた、隼人が持っているはずのキーホルダーの話が、今ならすっと受け入れられる。私だって色違いのキーホルダーは、今でも持ち続けていた。
「冗談で、こんなことを言えるかよ。実は、帰国したときに、佳穂の実家を訪ねたんだよ」
「そうだったの?」
「ああ。でも、お前もご両親の姿もないし、表札は違う人の名前だしで、もうここにいないのかって、かなり落ち込んで帰った」
だから、先週話をしたときに、両親のことを聞いてきたんだ。引っ越したと言ったら、隼人は妙に納得していたっけ。
あれは、私に会いにきてくれていたからなんだ。
「隼人、ずっと忘れないでいてくれたの?」
嬉しさで、胸が熱くなってくる。私だって、隼人を忘れたことなんてなかった。
「忘れられないんだ。前に進まないとって考えるのに、この子となら本気で恋ができるかなって考えるのに、いつも心の中に佳穂がいた」
「隼人……。私も、ずっと隼人が忘れられなかったの。好きな人なんて、できなかった」
溢れる思いを口に出すと、隼人にぎゅっと抱きしめられた。
「十年前、お前に気持ちを伝えなかったのは、きっともう会えないだろうと思ったからなんだ。俺はアメリカに行って、帰国予定も不明。そんななかで、お前に告れないって考えた」
隼人が、ずっと私を好きでいてくれたっていうの? じゃあ、あのときの私たちは両想いだったんだ。
「私も、勇気がなくて告白ができなかった。でも、やっぱり伝えておけばよかったのかなって、何度も後悔したの」
アメリカと日本で離ればなれになっても、手紙のやり取りはできるかなと、子供心に思い描いていた。
でも、あの頃の子供の私たちでは、結局それだけで終わっていたかもしれない。
こうやって、お互い想いを伝えられないまま離れたから、忘れずにいられたのかも──。
「なあ、佳穂。俺たち、付き合わないか? 十年遠回りしたけど、もうお前を離したくない」
「うん……。私も、離れたくない」
もうあのときの、どうしようもない切ない思いはしたくない。ずっとずっと忘れられなかった隼人と、やっと恋人同士になれる。
ようやく満たされていく想いを前に、絵美のことをわざと考えないようにしていた。