【9話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

作品詳細

「国境を越えるあたりで、悪漢が出没していると聞きました」
 レオラ王国では見ることのないかたちのドレスを着た夫人は、そういってお茶を飲むとさらに続けた。
「レオラではいま、首都で放火事件が起きているそうですね。とても怖いです」
 異国からきた婦人の言葉はどこかたどたどしいが、はっきりとしゃべる声がナディアには好ましかった。
「ああ……ナルトラムで起きている……」
 サロンに集まった常連たちが、ささやき合い不安げな表情を隠さずにいる。
 アルカンタス家の所有する一帯は、首都ナルトラムから離れている。そのため被害については伝聞ばかりで、対岸の火事として見守る状態だ。
 常連のうちナルトラムに暮らしているとわかっている夫人が、組んだ手を忙しなく動かしながら口を開く。王都ナルトラムからアルカンタス家まで、馬車で半日の距離と見積もれる。わざわざ途中にある別荘を中継してまで、このサロンに通ってくれている。
「放火犯の明確な目的がわからないんですって。火の放たれる場所もばらばらで、時間もばらばら。犯人がなにか声明を出したって話もなくて」
「そうなのですか。国境で話してくれた方は、被害に遭われたといっていました。行商といっていましたが、危険そうなのでしばらくレオラには立ち寄らないと」
 常連たちが顔を見合わせる。
 行商人なら、あちらこちらをまわって暮らしているだろう。危険というなら、商売で街道をまわるのも危険である。そんな生活をつねとするものが、わざわざ国外に出るというのだ。被害のほどが忍ばれた。
「はやく犯人が捕まるといいです」
 夫人は沈痛な面持ちでつぶやき、常連たちと一緒にナディアはうなずいた。
 お茶で休憩をしてもらっているその夫人は、髪の手入れを希望していた。
 専用の椅子に案内すると彼女は声を落とし、
「私の夫、髪薄いです。お土産にふさふさになる薬、楽しみにしています」
 彼女がやってきたのは、ふたつとなりの国だという。その国にアルカンタス家の薬が運ばれる。効いたらいい、と心底願った。
 ナディアたちほど夫人の髪は長くない。艶の出る香油をすりこみ、ついでにリョースの手を借りて夫人の手や顔に化粧水を試してもらった。
「美人になる気がしますね」
 化粧水や香油を塗りこむと、髪や肌は艶を増す。鏡に映った姿を見て、彼女はうれしそうにしていた。
「今日使ったものを小瓶に入れてお渡ししますので、どうぞおためしください」
「ありがとう。もしかなうようでしたら、こちらの主にご挨拶をさせていただけますか?」
「こちらの……とおっしゃいますと」
「アルカンタス家の方です。技師のみなさんにこんなに楽しい時間をいただき、主の方々にもぜひご挨拶を」
 技師――鏡越しにリョースと目線を交わす。
「……喜んでいただけて、これ以上うれしいことはありません。ご挨拶が遅れてしまい、失礼いたしました――わたくし、ナディア・アルカンタスと申します」
 鏡のなか、夫人が目を剥く。
「では」
「はい……アルカンタスの長子です」
 夫人の目に狼狽が走った。わずかな時間自分の顔を手で覆う。再度顔を上げたときには、もう夫人は狼狽を微塵も感じさせない表情になっている。
 夫人は席を立ち、両手を組んでそれを首元まで持ち上げた。異国の挨拶だと知っている。それだけでなく、目上のものに対する挨拶だとも。
「大変な失礼を働きました。お許しください」
 そういって夫人が名乗ろうとした。
 それこそ失礼と知りながら、ナディアは夫人の声をさえぎった。
「待ってください! どうか待って――ここでは名乗らないでください!」
 きょとんとした夫人に、ナディアはあらためて椅子を勧めた。リョースがナディアの分の椅子も用意してくれて、向かい合ってすわった。
 不思議そうな表情ですわる夫人に対し、ナディアはサロンでは名乗らずゆっくり過ごしてほしいことを説明した。
 説明をしたところで、夫人の不思議そうな顔つきは崩れない――それは身分のあるものが取る行動ではないのだ。
 それは異国でもレオラ王国でもおなじだろう。
 アルカンタス家が異例なのだ。長子が率先して来客の髪を整えている。信じろというのも無理な話だろう。
「気がついたら、お客さまの髪を結ったりするのが楽しくなっていたんです。どうせなら、いらっしゃった方々にも楽しんでいただきたくて」
 まだ腑に落ちない顔をしていたが、夫人はややあってうなずいた。
「薬を扱う家と聞いていました。きっとおもてに出せない処方もあるのでしょうね」
 夫人は話題を変えてきた。理解されないかもしれないが、反発もされず、ナディアは内心ほっとしていた。
 門外不出、というものの扱いは、ナディアではなく父の領分だ。だが夫人が納得できるなら、と壁のガラス棚に並ぶ瓶をナディアは手でしめした。
「あそこにあるものを調合するのも、私たちの仕事です」
「あれはすべて薬?」
「薬といっても、ここにある薬は髪に効果があるものです」
「以前からこういった……?」
 アルカンタス家の歴史は古い。しかし薬師の真似事は曾祖父がはじめ、本格的に毛生え薬に関わり出したのは先代からだ。
「曾祖父がはじめた……といっていいでしょうね。抜け毛に落ちこむ親友のために、このあたりに伝わる薬を改良したのがはじまりだと聞いています」
「まあ。美談……なのかしら?」
「どうでしょう。薬が効いて自信を取り戻した親友に、曾祖父は婚約者を奪われていますから」
 ナディアがいうと、夫人は吹き出した。
 大輪の花が開いたような笑顔を前にすると、ナディアもうれしくなって笑い――そのときになって、部屋の入り口でリョースがたたずんでいることに気がついた。
「陽が入って暖かいので、あちらのお部屋へどうぞ。お茶を用意させます、どうぞゆっくりお過ごしください」
 うながすと夫人は席を立った。喫茶室に彼女が入っていくのを見届けていると、そっとリョースが横にやってきて耳打ちをしてくる。

作品詳細

関連記事

  1. 【39話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

  2. 【6話】デキる上司が狙うは恋愛戦力外のシンデレラ

  3. 【10話】幼なじみエリート上司と一途で秘密な両想い

  4. 【5話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

  5. 【3話】デキる上司が狙うは恋愛戦力外のシンデレラ

  6. 【4話】クールな鬼上司の恋人モードは、甘々溺愛が止まりません

  7. 【5話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

  8. 【16話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

  9. 【1話】氷姫を蕩かす熱愛~侯爵様の優しいキス~

Bookstore

dブックロゴ

bookliveロゴ

PAGE TOP
テキストのコピーはできません。