【5話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

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「どうかされましたか?」
 いいながら、リョースは喫茶室の掃除に使った道具を抱えて廊下に出てくる。
「ううん、ミランダさんとちょっとお話を……いまゴードンさんが迎えに」
「お話されるのでしたら、お嬢さまのお部屋でしょうか。ほかのお部屋になさいますか? お茶はいつもお嬢さまが召し上がるものでよろしいですか?」
「そうね、私の部屋へ」
「かしこまりました。ではお客さま方は、お嬢さまのお部屋にお通しいたしますので」
「ありがとう」
 足早にリョースが去っていく。手にしていた掃除道具を置いた彼女が、また早足に出てくるのが見えた。
 暗い廊下に立っていてもしかたがない。
 ナディアは自室に爪先を向けていた。

   ●

「奥になにかあるの?」
 ミランダに尋ねられ、ナディアは言葉に詰まってしまった。
 館のサロンはおもてからの出入りがしやすい位置にあるが、ナディアの自室は奥まったところにある。
 入ってすぐの部屋は、ミランダを招いても恥ずかしくない状態だった――とはいえ、たくさんの香油などが棚に並んでいる――ので、かまわないと判断したのだ。
 しかし続きとなっている寝室はべつだ。
 サロンで使うものを持ちこむことが多く、邪魔だと判じて扉を取り払ってしまっている。考えてみれば、あるべき場所に扉がないのだ、首をかしげる光景といっていい。ナディアにはそれが日常だったため、うっかり気にせずミランダを通してしまった。
 寝室の雑多さを思い出して、なにかの拍子に見られたりはしないか――不安になったナディアはそちらばかりを気にしてしまい、その態度にミランダは気がついてしまったのだ。
「ナディアさんたら、さっきからずっとそちらの部屋に気を取られているけれど……誰かいるの? もしかして、お邪魔したかな」
「いえ、そんな……ただの寝室です、邪魔だなんて――その、ミランダさん、今日はどうされたんですか? お話があると……」
 部屋を訪れたミランダは用件を切り出さず、供されたお茶を気に入ったと差し障りのない話題で口火を切っていた。
「ええ、ナディアさんを食事にお招きしたいのだけど」
「わ……私をですか?」
「そんなに意外? いつももてなしていただいてばかりですし」
 ナディアはうれしくて顔をほころばせ、それでも首を横に振る。
「私が勝手にしていることに、ミランダさんをはじめみなさんにおつき合いいただいているんです、そんなお気遣いは……」
「なら、お友達になるっていうのは?」
 丸いちいさなテーブルを挟んだミランダの手がのび、ナディアの手を包みこんだ。
「私はナディアさんととうにお友達になっていたつもりだったけど、ナディアさんが気後れされてるなら……あらためて友情を確認してもいいと思うの」
「ゆ、友情……」
 うれしかった。
 うれしすぎて、どう返事をしたらいいのかわからなくなっている。
 ナディアはミランダの瞳が楽しげに輝いているのを真っ向から見つめ、顔がどんどん熱くなっていった。
 ミランダは本気なのだ。
「あの、わ……私で、よかったら……」
 もっと洒落た言いかたができたらいいのに――ナディアは恥ずかしくなって顔をうつむかせた。
 ミランダの豊かな胸元に目が留まる。
 胸元を飾るのは紅玉のブローチだ。まとったドレスと同系色で、胸元ではなく髪に飾ったほうが、と職業病に近い考えが頭をよぎった。
「お友達になったしるしに、これからはナディアって呼んでも……?」
 本気であるミランダは、どんどん話を進めてくる。
「も、もちろんですっ」
 声が裏返った。とっさに動かした手が、ミランダの手ごととなりにあったカップを弾き飛ばしてしまった。
「あっ! あぁ……っ!」
 ごめんなさい、と叫んで立ち上がる。
「平気、ちょっと手が濡れただけじゃない」
 それでも一大事だ。カップに残っていたお茶の飛沫は、ナディアの手にも飛んでいる。それがもう冷たくなっているのはわかっていたが、失礼なことに変わりはない。もしこれが熱かったりしたら、大変なことになっていた。
「い、いま拭くものを……!」
 腰を上げたナディアは、首を巡らせる。
 チェストからハンカチを取り出して戻ると、それを受け取ったミランダが困ったような顔をして胸元をおさえていた。
「ごめんなさい、じつは……」
 そっと胸元から離れていくミランダの手指を見守った。
 彼女の胸元から、輝く紅玉が消えている。
「え?」
 ミランダの指が、寝室のほうに向けられた。
「じつはいま、ブローチが外れてしまって。転がってあちらの部屋に」
「大変、いま探してきますね!」
 振り向いたところ、部屋に数歩足を踏み入れるあたりになにか輝くものがある。
 寝室には貴金属などはなにも持ちこんでいない。
 おそらくあれがミランダの紅玉だろう。
 すぐに見つかるところに落ちていてくれてよかった――小走りになったナディアは、拾い上げた紅玉の粒の大きさに驚いていた。思わず手のひらの上で、傷がないか転がして確かめてしまう。
「ご迷惑をかけてごめんなさい」
 落とし主であるミランダが、すぐ後ろで楽しそうにいった。
「傷になっていなければいいんですけど」
 紅玉をミランダの手に戻すと、彼女はナディアの手を取った姿勢で寝室を眺めていた。
「こんなにたくさん、どうしたの?」
 問いかけはまっとうなものだ。
 しかし見られた、とナディアは肩をがっくりと落としていた。
 ただでさえ扉のない寝室、という妙なものを見せてしまったのに。ため息を噛むナディアをよそに、ミランダは寝室に足を踏み入れていった。

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