【47話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

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 このままでは随所で起こった放火事件とその犯人が、ただ消えた状態になってしまう。すべてきれいに片づけたい、というセフェリノに、ナディアが申し出た協力だった。
 子細は伝えていないが、ヨックはなにか察するだろう。第三者を使うことに抵抗はあったものの、彼は信用していいと思う、とアロンソの口添えもあってのことだ。
「ねえ、手は空いてる?」
 テラスから庭に出たナディアを呼び止める声は、うんざりした色が濃かった。
 声は上からしていた――見上げると、そこにいるのはセフェリノだ。
「空いてたらこっちにきて。休憩につき合ってよ」
 ナディアは微笑む。
 断る理由はなかった。

   ●

 髪は依然短いものの、格式に彩られた礼服をまとったセフェリノは、行儀悪く長椅子に身体を放り出した。
「セフェリノ、服にしわが」
「しわの心配の前に、がんばって働いてる僕をねぎらってくれないの?」
 身を起こし、セフェリノは両手を広げた。
 ナディアが城に滞在するに当たって、セフェリノにとって外出する理由がなくなってしまったようだ――なにより、臣下たちがそれを許さない。
 まつりごとを肩代わりしていたミランダもおらず、あとセフェリノに足りないのは真摯な姿勢だろうか。
 突然セフェリノが上着を脱ぎはじめた。
 驚くナディアに、
「脱げばしわにならないよ」
 上着を放り出し、またセフェリノは長椅子で身体をのばしはじめた。
 腰のあたりにナディアもすわり、セフェリノと手を取り合う。
「もうちょっとしたら、アルカンタスに帰るわ」
 染めた髪の色もすっかりもとに戻っている。
「平気だよ、また僕が会いにいくから」
 平然というので、ナディアは素直にうなずきそうになっていた。
「……駄目よ、陛下にはお仕事があるでしょう?」
「ナディアが駄目なんていっていいのは、僕とベッドにいるときだけだよ」
 たしなめるような口調だ。
「これからは出かけてなんていられないわよ、サロンだってすぐに開けるかどうか……」
 セフェリノが目元を手で覆う。大きな手のひらをひさしにし、その影からナディアをうかがっている。
「……どうしたの?」
 なにか話そうとする気配を感じ、ナディアはうながしながら彼のおなかに手を乗せた。
「いや、その……じつはサロンに通ってたのはさ、ナディアに会う以外にも目的はあって」
 少しだけいいづらそうにする。そんなセフェリノはめずらしい。ナディアはなんだろう、と言葉の続きを待った。
「襲撃されるの、待ってたんだよね」
「……どういうこと」
 我が耳を疑い、ナディアの声が低くなった。
「……襲撃されて、そのときにアルカンタス家に助けられたってことにしようと思ってて……そればっかりはうまくいかなかったんだけど」
 襲撃はされたが、アルカンタス家が救助した、という流れはつくれなかった。ゴードンが手際よくセフェリノを助けてしまったからである。
 セフェリノの目が一度泳いだ。
 だからナディアは、そこに嘘がないと確信する。
「うるさい大臣たちを黙らせるのに、どうしても」
 ナディアを妻に、とする際、セフェリノはなにかとっかかりが欲しかったのだという――国王を救助したという貢献があれば、求婚を周囲に認知させる際に円滑になる。
 だがそれはうまくいかず、セフェリノはアルカンタス家になにか功績を立ててもらいたいと考えていた。
「でもさ、ほら、お父上のおかげでゼノリアンたちを捕まえるきっかけができたし」
 バケツで水をかけたことで、ゼノリアンに隙ができた、ひいてはセフェリノを助けた――そういったかたちにまとまっていた。
 十分な功績だ。
「そ……そんな怒った顔しないでよ」
「……私、どんな顔をしていいかわからないわ」
「結果がまるくおさまれば、それでいい……っていうのは、駄目かな?」
「……襲撃を待ってたっていうけど、ほんとうにあなたは髪の毛を燃やされたのよ」
 思い出すだけでぞっとする光景だった。
 ナディアはセフェリノを見つめた。
 そわそわし出したセフェリノが、背もたれに投げ出していた上着を手に取ろうとするのを制止する。
「なにかあるの?」
「いや、かつらもそろそろできるんじゃないかな。丸くおさまって……」
「私に嘘をつくの?」
「嘘なんか!」
 そこから先が出てこない。
 セフェリノはくちびるを噛み、しばし考えこみ――やがて観念したようだった。
「……きみのサロンで襲撃されたとき、ゴードンがうまく火を消してくれてて」
 ――実際セフェリノの髪は焼けていなかったのだ。
 だが必要だとセフェリノは決断し――みずから髪を切り落とし、それから焼いていた。
 髪をのばす薬を、と進言したのはセフェリノだった。そうすればアルカンタス父子を手元に置ける。
「姉上の替え玉にふさわしいように、おなじ髪質になるように手入れしてきたんだよ。大変だったけど、水の泡になった。でもそのおかげで、今度かつらをつけても、これまでと違って不自然な見た目にはならないと……いや、うまくまとまってよかったよ」
 この場をやり過ごしたいのだろう、セフェリノは早口だった。
「でも! だからって……自分で燃やすなんて!」
 ナディアが一喝すると、セフェリノは口をつぐんだ。
 見る間に涙がこみ上げてくる。
 なんてことを、と頭のなかがぐちゃぐちゃになった。
 ――みずから切るなんて。
 ――そんな状況にあったなんて。
 涙が次から次とこみ上げて、息をするのが苦しい。
「……今度はナディアが僕の髪を育ててよ。きみが手入れしてくれた髪を、みんなに見せつけてやりたい」
 顔を覆ったナディアの手を、セフェリノは無理に取り払う。涙でぐしゃぐしゃになった顔をのぞきこみ、セフェリノは満面の笑みを浮かべた。
「泣いてる顔もかわいい」
 首を振る――こんな顔を見られたくない。

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