【46話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

作品詳細

「私の妻は、あの男の手にかかりそうになったんです」
 ゴードンは苦しそうに顔をしかめた。
「必死に逃げようとして、そのときに頭と背中を打って……いまでは寝たり起きたりの生活です」
 抱えた書類を机に置き、ゴードンはこめかみを揉んだ。
 役人たちが働く一帯には、休憩の取れるベンチが点在していた。そこで腰を下ろしていたところ、偶然ゴードンが通りかかったのだ。
 たまっていた仕事を片づけなくてはならず、騒動以来顔を合わせていなかった。
「おかげさまで、妻は少しずつよくなっていっています。ですが、私は許せません。辱めを受けまいと必死になった結果を、妻は受け入れているようです。辱められるよりはずっといい、と」
 ゴードンには受け入れられないのだ。
 それは彼の目を見ればわかった。
 彼が納得するためには、おそらく細君の快癒が必要なのだろう。ナディアは彼に手を尽くして薬を探そうと、力になろうと約束した。ナディアが――アルカンタス家がつながっている薬師たちは、おおむね善良だ。回復を願うひとびとを、邪険にすることはない。ゴードンの細君が治るまで、ナディアは薬を探し続ける。
「私は駄目ですね……できることなら、何度でもゼノリアン卿を叩きのめしたい」
 ゴードンはそういうが、もうダリオ・ゼノリアンは手の届かないところにいる。
 彼はミランダとともに投獄された。
 両名とも反逆罪とされているが、水面下での処理となる見通しだった。
 城内での捕縛だったため、王女が公爵と結託し国王の生命を狙った、という不祥事を隠蔽せんとする動きが出ていた。
 近隣諸国を意識してのことだ――レオラ王国は安泰で盤石であるとの仮面を被るのだ。
 周囲に罪状を隠せていることと、ミランダがこれまでにまつりごとをおこないレオラ王国に貢献したとの功績を鑑み、幽閉か国外追放となる予定である。
 だが罰は与えられなければならない。
 ゼノリアン公爵に対しては、それ以上の罰則を重ねよう、という声はなかった。
 彼は無惨な状態だ――アルカンタス家の毒で、ゼノリアン公爵はすべての頭髪を失っていた。薬のかかった眉やまつげもなくなり、流れていった身体では、薬のふれた部分は体毛も抜け落ちていた。
 現在は父アロンソ・アルカンタスが親身になって診察と経過観察を続けている。ナディアはそれが厚意というよりも、父の好奇心によるものだと確信していた。
 ゼノリアン公爵は――人間で薬の効果を確かめられる、唯一の機会なのだから。
 彼のことはもうナディアは思い出したくもなかった。
 薬を浴びせかけられ、見る間に抜け落ちていく頭髪のことは、ナディアにとって悪夢でしかなかった。父がとんでもないものができた、と衝撃を受けていたのもうなずける。
 しかし髪を失うのはゼノリアン公爵だけではない。
 ミランダもまた、失うことになる。
 彼女は罰として断髪される。そこからセフェリノが式典で使うためのかつらをつくることが決まっていた。
 かつらなど、と反対していた一派が、ミランダとゼノリアン公爵の婚約を推進していたものたちだった。彼らはもうセフェリノに対し、かつらなど、と反対することはないだろう。
 ナディアは布包みをゴードンに手渡す。
 ナルトラムの薬膳薬局から融通してもらったものだ。いつ会えるかわからないため、事務室に届けるつもりでいたのだ。
「これを奥さまに。お湯で煮出して……お茶のようにして飲んでください。くわしいところを書いたものが、なかに入っています」
「飲むだけで?」
「はい。続けることに意味がありますので、続けられそうなら、なくなる前にまた調達するように」
「続けられそう? と、いうと」
「……独特の味とにおいなので、もしかするとそこがつらくなって続けられないかもしれません。ひとによっては、飲みこむのもつらいとおっしゃるようですから」
 ぴんとこないのか、ゴードンは包みを鼻に近づけた。
「……妙なにおいがしますが」
「あ、それです」
 なにかいいたそうな顔をしたものの、彼は礼をいって立ち去っていった。
 秘書官の仕事でなかなか忙しいようだ――そんなゴードンに、よくセフェリノは用を頼んでいたものだ。一度尋ねたところ、セフェリノは「あいつは有能だからだよ、できないやつには声なんかかけない」と平然といい放っていた。
 城内でもひとの出入りの激しい一角を通りかかり、ナディアはすれ違う役人たちに訝しげに見られながら歩く。
 帰宅はまだ先だ。
 事態の説明もあるため、アルカンタス家に戻るときは父と一緒がよかった。自分の説明では弟のヘラルドは納得しない可能性がある。面倒なところを父にまかせたいのだが、当のアロンソはゼノリアン公爵にべったりで帰る気配がない。
 せっかくナルトラムにいるのだから、とあちこちの薬局などをまわってみたいが、セフェリノが出歩きたがるだろうからそれも控え――結果ナディアは暇だった。
 ヨックは頼んだとおりに動いてくれているようだった。
 彼には火消しを頼んだ。
 焼失した二軒の貴族の屋敷、そこで働いていた給仕たちから、薬師の噂が出るとセフェリノは予測していた。
 それの助長をヨックには頼んでいた。
 じわりと現れた噂は、最初は薬師がいたはずが死体が出なかった、というものだ。その薬師たちが放火に関与しているのでは、と。
 噂は転がり、いつの間にか薬師の実験が失敗し、そこから火が出た、ということになっていた。二軒離れた場所での出火、という点は見過ごされている。
 ヨックは仕事で随所に出入りするついでに、あちこちに「伝聞した話」を届けてもらった。
 そこが放火犯のアジトだという印象操作――誘導を、ヨックにしてもらっている。

作品詳細

関連記事一覧

テキストのコピーはできません。