【40話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

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 顔をのぞかせたセフェリノも、さすがに疲れた顔をしていた。
 いくつかの皿やカップがあるだけの厨房は、さみしい眺めだった。
 セフェリノと寄り添って立ちながら、指先を絡める。
 もしここに住むとしたら、と想像してみた。どこにどんな家具を置くか、食器はどんなものを揃えるか。
「ねえ、セフェリノ」
 返事の代わりか、にぎられた指先が揺らされた。
「婚約者だなんて話して、よかったの?」
「……いけなかった?」
 心外そうな声への返事の代わりに、ナディアは背のびをする。
 セフェリノのくちびるに自分のそれを重ねようとすると、彼が先に動いた。
 ナディアを抱きしめ、くちびるを貪りはじめる。
「……っん……」
 舌同士が蛇のように戯れていた。ナディアは舌をしごき上げられ、彼の背中に手をまわす。くちづけは心地いい。もっとふしだらなことも、すべて愉しいものだ――セフェリノが教えてくれた。
 くちびるが離れてから、見つめ合う時間も心が躍る――彼のまなざしに愛情を感じられるからだろう。
 彼のことを愛している。
「式典のときに、僕たちの婚約を発表しよう」
 ナディアには現実味の薄い言葉だった。
 いまナディアは調剤室から離れたどころではなく、研究していたことももう燃えてしまっている。ナディアはセフェリノの髪を撫でた。短くなっていても、最上の絹を思わせるその感触を楽しみたくなる手ざわりだ。この髪をのばしたかった。
「見せたいものがあるんだ、ナディア」
 手を引かれ、連れられるままナディアは歩きはじめた。
 足音を忍ばせて歩くのは、まるでいたずらをしているような気分になり、廊下を進むうちにくすくすとふたりとも笑い出していた。眠れずにいる頭のなかが、やけに明瞭になっている。疲れも手伝ってか、気分が高揚しやすいようだ。
 セフェリノが案内したのは、客間と逆方向にある部屋だった。
 カーテンの隙間から入る光で、そこにたくさんのドレスが飾られているのがわかる。
 どれもこれも、見たことのあるドレスだ。
「これ」
 すべてセフェリノが身に着けてサロンに現れていた記憶がある。
「数が増えたからさ、城に置いておくのも難しくなって、移動しておいたんだ」
 ドレスをひとつひとつ検分する。どの胸元も豊かにふくらんでいた。確認していくうちに、笑いがこみ上げてくる。いまならそれがつくりものとわかっているが、以前はすべてセフェリノ――ミランダの乳房だと思っていた。
 ドレスの合間に長椅子があり、セフェリノと腰を下ろすと突然身体が重くなった。眠気を感じないが、身体は眠りを欲している。
 セフェリノを見れば、彼もまたナディアを見つめていた。
 ――このひとが夫になる。
 サロンで彼がまだミランダと名乗っていたころから、さほど月日は経過していない。あまりに状況が変わり過ぎている。
「セフェリノ、なにをどれだけ知ってるの? 私はなにも知らされないでいるままなの?」
 語尾はふるえていた。
 とても悔しかった。
 なにもわからないまま怯えているのも、闇雲にセフェリノを心配するのも、暗闇のなかで手探りするようであまりに心許ない。
 自分は無力だというのは、悲しいものだ。
「できれば、きみになにも影響のないうちに……全部片づけたかった」
 ゆっくりとふたりの身体が長椅子でくつろいでいく。ふたりが並んで身体を延べても、充分余裕のある大きさだった。
 履きものを脱ぎ、爪先を絡めた。セフェリノの肌は冷たく、それが彼の疲労を表しているようで胸が痛む。
「私に話すつもりはなかった?」
「正直なところ、楽しい話じゃないから。ずっと先、子供どころか孫が産まれたころに、思い出話として話すつもりだった」
 ずいぶんと気が長い。
 だがナディアは笑い返せなかった――セフェリノの目は真剣だったのだ。
「……ナディア、きみの働きがとてもよかった。ゴードンを僕から離し、僕たちふたりきりで行動できるようにしてくれた。それだけじゃない、成りゆきとはいえ実験方法を間違えて、姉上に成果が上げられていないと思わせた」
 ナディアは目を見開いていた。
 それはナディアにしてみれば、失敗した思い出だ。
 ゴードンに遠慮なく使いを頼み、しかたがなかったとはいえ間違った実験方法を取っていた。
「なにもいいところなんて……ないじゃない」
 くちびるを突き出すと、セフェリノはナディアを抱きしめほおにくちづけてくる。
「あるよ。ゴードンが敵じゃないとわかったし、姉上にはいまが始末時だと思わせられた」
「始末……?」
 不穏な言葉が現れて、ナディアは身を強張らせていた。起き上がろうとするのを、セフェリノの腕に阻まれる。
「そうだよ。僕を狙ってるのは──姉上なんだ」
 悲鳴が出そうになったが、寸でのところでナディアはそれをこらえた。
 セフェリノから表情が消えていた。
 ナディアを抱きしめてくるセフェリノの、静かな呼吸音だけを耳が拾い続ける。
 彼女が?
 どうして?
 吹き荒れる嵐のように疑問が、胸のうちからナディアを乱してくる。
 なにかの間違いであってほしかったが、セフェリノの声にはなんら嘘は混じっていないように聞こえる。
 ふいにセフェリノが身体を離した。
 起き上がった彼の目尻が少し赤くなっていたが、ナディアはそこにふれなかった。
 彼を背中から抱きしめ、耳を当てる。
 鼓動がナディアの耳に届く。
 彼を失いたくない、と強く感じた。
 まわしていた手をにぎられ、セフェリノの下腹部に誘導された。
「ナディアがそばにいてくれると、いい子にしてられないみたいだ」
 その声はいつものセフェリノのものだった。のらりくらりとした口調で、ナディアは彼の背で笑った。

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