【38話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

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「アルカンタスのみんなに隠していたが、ずっと薬の改良を手がけていて」
「改良? 効き目を強くしたかったの?」
「そうだよ。もっと効果がはっきりしたものがつくれたらいいと思わないか? まあ、そうはいっても、うまくいっていなかったんだ。だが、今回悪い方向に転がってしまった」
 父もまた、ナディア同様調剤室を備えた屋敷に滞在していた。
 設備の整った場所であり、父から届いていた手紙でそれはわかっている。
 父はずっと、盤石な効果を持った薬をつくれたら、と思っていたのだ。
 美しい髪を結い上げることは、一線にあるものにとって当然のことだった。政治であっても、結婚式や葬儀のときでも、等しく求められる。
 それができなくなれば、年齢を問わず政治などからは退くことになるものだ。惜しい人材もあるだろうし、当人も残念だろう。
 それの手助けを父は――アルカンタス家はしたいと願い、働いてきた。
「……これと思って、そのとおりにはできないものだなぁ」
 改良しようとし、でき上がった薬は真逆の性質を持っていた。
 ――毒性の強いもの。
 それを口に出す父は、とてもつらそうに顔を歪めていた。
「恥ずかしいことに、私は冷静さを欠いた。おまえに手伝いを頼んだが、手紙をゴードンさんに託した後、すぐ後悔したほどだよ」
「待って、でも……なにも起きなかったわ。ネズミはみんな、元気にごはんだって食べて。私の手にもかかったけど、なにも」
「注意もなにも書かなかったんだ、ほんとうに私は取り乱していたんだろうな。すまなかった、ナディア」
 薬がかかった手を見つめる。
 なにも起きていない。
 向かいの席から手がのび、父がつかんでくる――おさないころ以来だ、父に手をにぎられるなど。
「あの薬を塗ると、抜けてしまうんだ」
「……抜ける」
 なにが、と尋ねなくてもわかった。
 アルカンタス家が欲しいものと、まったく逆の薬効。
「ええと……それは、毛が抜けるということで」
 となりのセフェリノが、めずらしく遠慮勝ちに尋ねてきた。
「そのとおりです、陛下。私の手元で実験したネズミは、ほとんど時間をおかずに塗布した部分が丸禿げに」
「そうですか」
 つぶやいてセフェリノがくちびるを噛んだ。
 望んだ薬効は得られず、刻々と式典の日取りは迫っている。
 咳払いをしたセフェリノは、アロンソのほうに身を乗り出した。父はナディアの手を放し、背中をのばす。
「薬のことを、ほかに知るものは」
「おりません。手伝いの子はいましたが、助手として働いてもらったわけではありません。むしろ……毒をつくってしまったことを、私は隠そうとしていました。だからナディアにまで反復実験をさせて……」
 苦しげに頭を抱えた父のとなりで、ゴードンもまた苦しそうに眉を寄せていた。
「いうなれば、うちは添えものを育む家なんだよ、ナディア」
 うなるように吐き出す父の声は重く、その肩に流れる髪は同世代の男性たちに比べて艶やかだ。
「はっきりいってしまえば、髪の毛なんて短かろうが傷んでようが、生きていくだけならなんの問題にもならない代物なんだ。これは嗜好品だよ、ナディア。美しい髪っていうのは贅沢の結晶なんだよ……レオラでの髪の毛というのは、贅を許される人間の勲章みたいなものだ」
 ナディアは黙った。
 そのとおりでしかない――仕入れる様々な香油の値段を知っている。それを維持することは、財力のない層には難しい。そういった層に、もっと効果のあるものを普及できればいい。
「アルカンタス家は、晴れ舞台でみんなが胸を張れる手伝いをする。それでいいと私は思っていた。なのに……それなのに、真逆の薬をつくってしまうなんて」
 上着の内ポケットからアロンソが取り出したのは、ちいさな瓶だった。手をのばすと、アロンソは迷ったのちにそれをナディアに渡してきた。
 とてもちいさな瓶で、くすんだ茶の中身は馬車の照明でははっきりしない。耳元で振ると、軽く水音が聞こえた気がした。
「アルカンタス卿とナディアさんが狙われる状況になってしまい、申しわけありません」
 セフェリノが口を開き、低い声で謝罪した。
「狙われ……?」
 初耳だ。ナディアはその場にいる顔を忙しなく見回した。みな沈痛な面持ちで、雰囲気に飲まれてナディアは小瓶をにぎりしめる。
「陛下が狙われるなら、ナディアがそうなるのも致し方ありません」
「ど、どういう……」
「ナディア、お父上には僕がきみと婚約関係にあるともう話したよ」
 しれっといわれ、ナディアは口をぽかんと開けた。
「僕が狙われている以上、婚約者のきみが狙われるのもしかたない。急な避難になったが、これから僕の持っている屋敷に移動する」
 行き先も知らず、うながされるまま窓から出てきたナディアは、はじめて聞かされることだらけで頭痛がしてきていた。
「まさかおまえが陛下と親しくなっているとは……だから屋敷に火を放たれたのだとわかって、驚いたよ」
「ま、待ってお父さま、私たち……」
「お忍びで会われるために、女装までされるなんて……思い切ったことを」
 呆れた様子だが、疲弊した父が笑みを浮かべるとうれしかった。
「ナディアさんがよく似合っているといってくれるので、調子に乗っていました」
 適当なことを口走っているからだろう、セフェリノはとなりのナディアのほうを見ようとしない。
「本来なら、まずお父上であるアルカンタス卿を通すべきでした。僕たちだけで先に約束を交わしたことを、許してくださいますか」
「若者というのは、いつも新しいことをするものです。娘をしあわせにしてくださるなら、どんなことでも受け入れます」
 事態の外に追いやられているのに、まさにナディアは渦中にいる。
 アロンソが両手で顔をこすり出した隙に、ナディアはとなりにすわるセフェリノの足を踏んでやった。
 父のとなりでゴードンはそれを見て、無言でうなずいていた。

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