【36話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

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「ナディアさまの――アルカンタス家のサロンは、とても評判がいいんです。紹介がないと入れないとも聞いておりますし」
「紹介? そんなことないです! きてくださった方は、みなさん歓迎してますから」
「そうなのですね。サロンには新参者は入れないのだと聞いていて。そもそも私はセフェリノを先にいかせてしまったので、足を運ぶことはできませんでしたが」
 調剤室の明るい窓際に鏡を持ってきて、その前にミランダにすわってもらった。
 ふれた髪の毛はとろりと揺れ、セフェリノの髪質にそっくりだ。
 もう彼のあの美しい髪は存在しない。
 悲しくなりかけたナディアに、ミランダは鏡越しに話しかけてくる。
「ナディアさまのサロンでは、みなさんのお名前などを尋ねないそうですね。それはどうして……?」
「たぶん私は、ごっこ遊びの延長がしたいんです」
 髪の毛に香油を塗りこんでいく。化粧箱を確かめ、王家で使うものを頭に叩きこんだ。さすがにどれもこれも値の張るものばかり。しかし入手が困難なものなどではなく、定番のものが詰められている。王女の髪結い師が特別に混ぜものでもしていなければ、流通しているものでおなじものが手に入る。
「必要ないときに髪を結ったり、普段なら袖を通さないようなものを着たり……いつもと違うことばかりして遊ぶなら、名前も偽名でいいかと。ちいさいときなら、身分や格式は気にしないで、渾名で呼び合ったりすることもあるでしょうから」
 ナディアの場合は、その相手は弟だった。
 ちいさいころは仲がよかった。
 いまは違う。
 貴族たちのなかでもアルカンタス家は異端だ。伯爵家でありながら、平民のように働く――そのことをわらうものは後を絶たなかった。
 そんなやつらの相手をするな、と父などはいうが、弟のヘラルドは家の事業のことを考えながら育っていた。
 ナディアを含め、アルカンタス家の面々は楽しみながらそこに参加している。
 だがヘラルドは違うらしい。
 彼にとってアルカンタス家の事業は、どうすれば貴族の体面を維持しながら継続できるものか、という課題になっている。ヘラルドのことを頭がかたい、と両親は笑い飛ばしていたが、思い詰めてしまわないかナディアには心配だった。
 いまアルカンタス家を嘲笑っている連中は、事業がなくても嗤ってくるだろう。アルカンタス家が嗤われなくとも、べつのなにかを嗤うのだろう。
 それと向き合おうというのは、あまりに過酷で終わりの見えないことだ。
 ナディアが一番ごっこ遊びをしたい相手は、ヘラルドなのかもしれなかった。
 ――家のことなどなにも考えず、一緒に遊んでいた。
「高いところでまとめて、そこから編みこんでいきましょうか」
「ナディアさまにおまかせします。セフェリノがずっと、ナディアさまの技を褒めていたんです。それを目当てに出かけていたはずが……あまりに頻度が高くて。ナディアさまのことを話すとき、とてもうれしそうにしていて。ああ、セフェリノはナディアさまともう恋仲なのだ、と」
「あの、それは……なんというか……」
 鏡のなか、ミランダが笑う。
 サロンでよく見たものだ。
 施術中、鏡のなかで客人たちはくつろいだ顔をする。会話の端々で、緊張感のない笑顔を浮かべる。
 それが好きで続けていることだった。
「裾を巻けたらよかったんですけど、ここだと道具が」
 調剤室に代わりになるような道具がなく、ナディアは編みこんだ金の髪をまとめ直し、そこから下方に流すよう整える。
「巻く?」
「ええ、髪の毛を巻いた状態にして、湯気を当てて温めるんです。そうすると、髪の毛がくるくる巻いたかたちのままになるので」
「……そんなふうになるんですか」
「ええ。ミランダさまの髪はまっすぐですが、巻き毛のようになります。大体一日は持つので、朝サロンにきてお昼ごろ巻いて……そのまま帰ると、ご家族が驚かれるそうで」
 鏡のなか、ミランダは興味を持ったようで目を輝かせている。
 湯を用意し湯気を当て続ける人手が必要なため、道具があっても調剤室では無理かもしれなかった。
 髪飾りを挿し、鏡越しに微笑み合うとミランダはしばし目をふせた。
「……どうやらセフェリノが、ナディアさまを連れまわしたようですね。ご迷惑をかけてしまって」
 耳に入っているのだろう。ナディアは笑顔を心がけた。
「いえ、大丈夫です」
「私がまつりごとを代わってしまったせいか、どうにもセフェリノから子供っぽいところが抜けなくて」
 あれを子供っぽいというのかわからない。ただあまりひとの意見を聞かなそうな印象が強かった。
「私はおもてに出たことがあまりありません。なので……セフェリノさまが連れ出してくれたことは、とても楽しかったんです。ゴードンさんには不用心だと叱られてしまいましたが」
 叱られ、その余波でいまもセフェリノは外出してしまっている。
「お食事会、楽しんでいらしてください」
「急なお願いでしたのに、ありがとうございます。食事会が楽しくなりそうです」
 席を立つミランダに続き、ナディアは化粧箱を持って歩いた。

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