【3話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

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 ナディアの友人知人、親類からはじまったサロンの顔ぶれは、いまでは伝聞から足を運ぶものも多くなっている。
 比例して忙しさも増し、ナディアは貴族令嬢らしからぬ毎日を送っていた。
「ゴードンさん、運んでいただいてありがとうございます」
「そんな、礼など……お気になさらず。ずいぶんと軽かったですが、これも髪に使うものですか?」
 処置室のすみ、カーテンにさえぎられた一角に、ミランダの従者ゴードンは髪飾りの入った小箱を積み上げていく。
 となりは喫茶室であり、にぎやかな笑い声が聞こえてきていた。
「髪飾りです。髪を整える前に見ていただいて、それからどんな髪型にするか決めてもらって……」
 ナディアの言葉は尻すぼみになっていく。
「どうかしたの?」
「……私、髪飾りのことを話してたかしら」
 テーブルに積まれた小箱を前に、ナディアはつぶやいた。
 ミランダが首をかしげている。
「先にいらしてる方たちが、今日は髪飾りを目当てに、っておっしゃってて。でも私、あの方たちに話した覚えが……」
 いいながらも、目の前のミランダに話した記憶がよみがえってくる。
「私は髪飾りのことを聞いていたけど……あのとき、誰か近くにいたのかもしれない」
 サロンを開けている間は、誰かしら滞在していて、どこに耳があってもおかしくなかった。ミランダにだけ、と話していたつもりが、ほかの客人の耳に入っていたのだろう。
「ご、ごめんなさい」
 とっさに出た言葉に、ミランダがふたたび首をかしげた。
「なにを謝るの? 隠すことでもないのだし」
 ミランダにだけ髪飾りのことを話した――まるで彼女を友人のように扱ってしまっている。実際は客人なのだ。気安くなにかを打ち明けたりするべきではないだろう。
「私もあとで髪飾りを見せていただくわ」
「え、ええ……ではまずはなにかお茶を。着いたばかりなのに、ごめんなさい」
「謝らないで。ゴードン、お願い」
「承知しました」
 一礼したゴードンが、喫茶室に向かっていく。お茶の用意を頼みにいったのだろう。
 そちらに目を向けていたナディアのほおに、ミランダがふれてきた。やはり大きな手で、とても温かい。
「謝り癖なんてよくない。私に謝る必要なんてないでしょう?」
「でも……お客さまに対して失礼だわ。私、ミランダさんに馴れ馴れしくしすぎて……」
「私は友達のサロンに遊びにきてるつもり。必要以上のもてなしは居心地が悪いよ」
 ミランダの言葉と手のぬくもりがうれしくて、ナディアは目を閉じた。手のひらにほおをすり寄せるようにすると、短くミランダが笑う。
 目を開けると、ミランダは顔をのぞきこむようにして近づけている。
 彼女の深い青の瞳は、楽しげにほそめられていた。
「ずっとがんばっているんだもの、たまには私がナディアさんをもてなしたい」
「……ありがとう」
 ひとことがんばっている、といわれただけで、ナディアは鼻の奥がつんと痛くなっていた。
 まるで民間人のよう、と時々笑う声も聞こえてくるのだ。ナディアだけではない。アルカンタス家は貴族らしからぬ変人の一族だ、と指さされることもある。
「引き止めてごめんなさい」
「また謝った」
 ミランダの指がほおを撫で、そのままナディアの耳にふれる。
 首筋にそわそわとしたものが流れて、ナディアは目を開いた。
「ひ、引き止めたのはほんとうだもの。そろそろお茶の支度ができるはずよ」
 ゴードンが喫茶室に向かってから少し経っている。ミランダと話しているのは楽しいが、せっかくなら温かいお茶を楽しんでもらいたい。
「髪飾りの準備ができたら、みんなに声をかけにいくから……」
「そうね。楽しみにしてる」
 ミランダの指が、ふたたびナディアのほおで不規則な円を描いて離れた。
 それを名残惜しいと思ったナディアは、あわてて笑顔を取り繕う。
 ここ最近ずっとそうだ――ミランダが関わると、自分が冷静でなくなっていくのがわかる。
 ちょっとした拍子に彼女のことを考えてしまうし、ミランダがサロンにやってきているときなど、気になってしかたがなくなる始末だ。
 こんなことははじめてで、ナディアは考えるのが怖くなっていた。
 まるで、と思考がひとつのところにたどり着くのだ。
 まるで――恋でもしているようではないか。
 積み上げられた小箱のうちのひとつを手に、ナディアはため息をつく。
 どれだけ聡明でも、相手は女性だ。これが一時的な気の迷いであればいい。出自なども知らないのだ、それはじつはミランダに夫がいてもわからない、ということでもある。最初はゴードンと恋人同士かと思ったが、いまではそれを杞憂だったと感じていた――そして杞憂だと思ってしまう自分にため息をつく。
「お嬢さま、手入れ用の香油が届いておりますが」
 給仕のリョースから声がかかり、ナディアは髪飾りを箱に戻す。
「いまいきます。種類を頼んでいるんだけど、全部香油は揃ってそう?」
 気持ちを切り替え、ナディアはそちらに声をかけた。

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