【26話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

作品詳細

 声をかけたのは早朝だったが、ゴードンはすぐに出かけていった。
 ほどなくして戻った彼は、可憐な花を一抱え摘んできてくれていた。明るい部屋のなかで見たそれは、文献にあるものとおなじ姿をしている。
「これが……」
 昨晩遠目に見た光景を思い出す。天空の星が地上に散ったような、不思議な光景だった。
 かたわらでゴードンはうなずき、
「摘んだばかりですし、窓辺に置いておけば今夜光るところが見られると思います」
 小皿に水を注して花を一輪つけ、日当たりのいい窓に飾るように置いた。
「それで、この花なんですが」
 残った花の半分ほどを両手で差し出すと、ゴードンはいやそうな顔をした。予想がついたのだろう。
「手紙もありますので、父に届けていただけますか?」
「……今日もですか」
 彼はうんざりした様子を隠しもしない。
「陛下から、ゴードンさんのご家族がこちらの出身とうかがいました。手紙を届けた後に、この花でなにか薬をつくったことがないか、確かめていただいても? 文献にもありますし、こちらでは薬としてどのくらい認知されていたか興味があります」
 ゴードンの視線が泳いだ。
「その……家族はここではなく、べつの場所に住んでおりますので」
「じゃあ、確かめるのは難しいですか?」
「今日中に戻れなく……」
 ナディアはうなずく。
「お戻りは明日でも私はかまいません。ほかになにか、ゴードンさんに急ぎの用がなければ」
 すぐに返事をせず、ゴードンは目を泳がせている。
 それから彼が口にした地名は、首都ナルトラムを挟んで父の滞在していると思われる場所と正反対に位置する場所だ。あちらこちらに馬を駆る彼にすれば大変かもしれないが、逆にいえば、ひとりで馬を駆れるのだから、都合はつけやすいのではないだろうか。
「……アルカンタス卿のところから、そのまま向かっても」
「ええ、お願いしてもよろしいですか?」
「いってまいりましょう」
 花を受け取った彼に手紙を預ける。彼が花を摘みにいっている間に、父への手紙は書き上げていた。季節の挨拶などの面倒なものはなく、用件だけを走り書きにできるので時間がかからない――父からの返事も、受け取ってみるとそんな内容になっている。
 朝食後に出立するだろうと思っていたが、ゴードンは手紙を受け取ってすぐ馬を走らせていた。
 気がついたときにはゴードンは出かけ、入れ替わるようにミランダが屋敷を訪れていた。
 ナディアに軽く挨拶をし、進捗を尋ね、彼女はセフェリノと面会するといっていた。
 王と王女の会話に興味はないが、薬をつくるよう命じてきた相手だ。そのミランダがおなじ屋敷にいるとなって、ナディアはやけにそわそわしていた。いつ調剤室を訪れるかわからない。ああいった相手は、えてして無頓着なものだ。ナディアに集中する時間が必要かどうか、斟酌しんしゃくしてくれないだろう。
 昼をまわったところで、調剤室に給仕がお茶を届けてくれた。にこにこ顔の年配の彼女は、出稼ぎにきたセフェリノ青年を気に入っているらしい。ナディアのことをどこぞの薬師と思っているようで、異国での暮らしに興味がないか、と話しかけながらお茶を用意してくれる。
「セフェリノくんも、いずれ国に帰る日がくるじゃありませんか」
 セフェリノ以外が用意するお茶には、いつものように大量のお菓子はついていなかった。
「あの子、薬師さまのこと好いてるんじゃないかと思って。もし粗相がないようでしたら、この先もセフェリノくんにお茶の支度をさせてもよろしいですか」
「私としてはかまいませんが、なにかご迷惑になりませんか?」
 一応セフェリノは下男の扱いだろう。仕事の最中にナディアのところに長く留まっては、かえって周囲に迷惑ではないか。
「いえ、セフェリノくん、本来ならゴードンさまの手伝いをしているらしいんです。手の空いたときにこちらの手伝いまでしてくれて、働きもののいい子なんですよ」
「……そうなんですか」
 ここでのゴードンたちの立ち位置などを、彼女やほかの給仕たちに尋ねていいものか迷ってしまう。なにかとセフェリノがやってくるため、そもそも給仕たちと長く話したりすることのほうが少なかった。
「今日はセフェリノさんを見かけないですね」
「ゴードンさまにお客さまがいらしているんですが、朝からお出かけで……代わりにセフェリノくんがお相手を」
「それは……大変ですね」
「さきほどゴードンさまはお出かけになりました。お客さまはお帰りでしょうし、そろそろセフェリノくんが戻ってもいいころですね」
 姉弟なのだから問題はないだろうが、ミランダを思い起こしたナディアはティーカップを置いた。
 親しい相手ではないからだろうが、ミランダに対して構えてしまうところがある。
「セフェリノくんの手が空いたら、こちらに挨拶するよう伝えますね」
「え? いえ、それはべつに」
「……大丈夫です、私、口はかたいですから」
 なんのことだろう、と首をかしげたナディアに、給仕は楽しそうに笑った。
「昨日の晩、ふたりで散歩に出てたことは内緒にしておきますから」
「み、見て……っ」
 こっそり出ていったつもりだったが、しっかり見られていた――ほおがかっと熱くなっていく。
「いいんですよ、若いときはちょっとでも長く一緒にいたいものですもの」
 なにか思い出すような目をし、彼女はワゴンを押して出ていった。
 そっと人目につかないよう出かけていたつもりだったのに、案外見つかってしまうものか。ナディアはため息をつきながら窓の外に目を向け、そこから馬車が出ていくのを見届けていた。
 夕食後、暗くなるまで調剤室で過ごした――花が光るところを見たかったナディアは、ふんわりと白い光を放つ花を目の当たりにしてご満悦だった。
 花を相棒に時間を過ごしたナディアは、疲労を供に部屋に戻ったのはかなり遅くなってからだ。あくびをしながら廊下を進んだ。
「おかえりぃ」
 扉を開けると、奥の寝室から声がかかる。

作品詳細

関連記事一覧

テキストのコピーはできません。