【24話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

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「なに……?」
 ちいさいが、悲鳴じみた声が出た。心臓が喉元までせり上がったような感覚がある。
 光の玉はわずかに上下していた。
 悲鳴を上げて、しゃにむに逃げ出したい衝動を覚える。だが足に力が入らない。ナディアは目を見開き、近づいてくる光の玉と対峙していた。
 光の玉は徐々に近づく。
 ナディアの鼓動は激しくなる一方だったが、ふと光のすぐ後ろに誰かがいるのがわかって気を取り直した。
「ナディア! そこにいるのか!?」
 セフェリノの声が聞こえ、ナディアは立ち上がった。
「ナディア!」
 光の玉は駆けているようだった。それがセフェリノの手にしたランタンだとわかるのにさほど時間はかからず、道に立ったナディアは大きく手を振っていた。
「セフェリノ……!」
 道の土を踏む音も大きく、明かりを手にしたセフェリノが近づいた。
「いた――よかった! 部屋にいったらいなかったから、もしかしてと思ったんだ。昼間にあんなこと話しちゃったから」
 間近にセフェリノの笑顔があり、ナディアは暗がりにすわりこみそうになった。差し出された彼の手を強くにぎり、駆けつけてくれたのが間違いなく彼なのだと確信する。
 ナディアは安堵すると同時に、あらためて背中に冷たいものが走った。
「ね、ねえ……ひとり……?」
 セフェリノは自分の後方をきょろきょろと確かめ、眉を寄せている。
「うん、なんで――まさかほかに誰かいた?」
「ち、ちが……っ、そんな怖いこといわないで!」
 セフェリノに飛びつき、周囲に誰もいないか首を巡らせる。
 そこかしこに暗闇があるばかりで、風が吹くとかさりと音が立つ。明かりを得たとたんにまわりを観察する余裕が出、かえってナディアは夜間の外出が無謀だったと反省していた。
「明かりも持たずに出かけたの?」
「月が出てたし、近くだから大丈夫かと……」
「無謀だなぁ。せめて僕にくらい声をかけてよ」
「そう! 無謀!」
 彼から離れようとしたが、セフェリノの腕が背にまわっていて離れられなかった。
「ひとりで出かけるなんて、あなた自分の立場わかっているの?」
「部屋に書き置きはしてきたよ」
 目を屋敷のほうに向けたセフェリノに、ナディアは声を荒げた。
「違うでしょう! 陛下ともあろう方が、そんな不用心でどうするの!」
 セフェリノの顔を両手で挟み、自分の正面を向かせる。
「もしなにか起きたらどうするの? ただでさえ、あなたは……髪を失って……」
 声が尻すぼみになっていく。
 彼の背を温めるべき金の髪は失われている。
 出かけていて、ゴードンはまだ戻っていない。屋敷のものはセフェリノを貴人ではなく、出稼ぎの青年だと信じているようだ。
 彼は我が身を自身で守らなければならなくなっている。
 ――自分では盾の代わりにさえなれないかもしれない。
「これ以上なにかあったら……」
「それをいうなら、ナディアだってそうだろう?」
 見上げたセフェリノの顔越しに、雲が切れはじめていた。
「こんな不用心なことを、ナディアだってするものじゃないよ」
 背に月光を浴びたセフェリノの表情がわかる。
 彼の柳眉が曇っている。こんな悲しそうな顔を見るのははじめてだった。
 自分だって心配だ、と言葉を返すことができず、ナディアのくちびるからこぼれ出たのはか細い声だった。
「……ごめんなさい」
 セフェリノはひたいへくちづけることでナディアに応えてきた。ふれたくちびるが温かい。
 彼がいてくれるだけで、周囲の暗がりが怖いものではなくなっていた。
 我ながら調子のいいものだと呆れたが、ナディアの目は周囲に光るものがないか探していた。
「その様子だと、まだ花は見つけてないんだね」
「ええ、見つける前に、月が雲に隠れてしまって」
「せっかくだから、いってみようか」
「……いいの?」
 ランタン以上に、セフェリノがとなりにいてくれると心強かった。
 胸を叩いたセフェリノが手を取ってきた。ナディアは迷わずにぎり返した。周囲に誰もいないから、彼と手を取り合って歩いても、見咎められることもない。
「そんな遠くないから、花を見て戻ろう」
 どのくらいの明るさに光るのだろう――楽しみに歩くナディアの目に、その光はすぐ飛びこんできた。
 木々の間に、光の砂を撒いたような道ができ上がっていた。
「きれい!」
 少し距離があるものの、点々と光る様子に歓声が漏れていた。
 夜空に見られる星の川が、地上であるそこにも現れている。
「あれが全部花?」
 興味深そうにセフェリノがつぶやき、ナディアはそれを間近で確かめたくてたまらなくなっていた。
「もう少しあっちに……」
 いきましょう、と切り出しかけたとき、突然セフェリノがランタンに覆いをしてしまった。
「どうしたの?」
 セフェリノは足元にランタンを置き、ナディアを引き寄せた。
「ナディア、先客だ」
 彼の目線の先には、ちいさな明かりを手にした人影があった。
 ふたりの人物が身を寄せ、暗い道を進んでいる。光る道へと向かっているらしく、ときどき表情がうかがえた。夜の外出に慣れているのだろう、その男女は笑顔のままで、暗闇を恐れる様子がなかった。
「あのひとたちは……?」
 幽霊が出るという場所なら、若者が度胸試しを兼ねておもしろ半分で出かけてくることも考えられる。
「逢い引きの名所なんだよ、あそこ」
「……幽霊が出るのに!?」
 驚いたナディアの腕を引き、セフェリノは木々の間に入っていく。
「愛があれば、怪談話なんてただの引き立て役だよ。彼らに見つかったら申しわけない、こっちで隠れていよう」
「幽霊が出るって噂があるから……ほかにひとけはないってこと?」
 たまたま出かけてきたナディアが訪問者に出会うのだから、案外出かけてくるひとは多いのではないか。
 見合わせて笑顔を浮かべるのが見えた。ゆったりした足取りで、彼女たちが睦まじいのだろうと予想できる。
 他人の恋路をのぞき見している状況に気がつき、ナディアは木の陰に隠れる。

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