【23話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

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 国の中央にいたセフェリノの耳には入っていなかった。親類の縁がなければ、ナディアも知らずにいたかもしれない。
 いまこうやって、おなじ部屋でお茶を飲んでいることが不思議なのかもしれない――そのくらい、本来は隔たりのある相手なのだ。
 おなじ貴族同士とはいえ、彼と近しくなるのはもっと違った家柄の娘だろう。
 ――たとえば、サロンを運営したりなどしていないような。
 天井を見上げ、ナディアは自分の肩を揉む。サロンの運営をはじめてから、肩こりはひどくなっている。
「ナディア、揉んであげようか?」
「ご遠慮いたしますわ、陛下」
 冗談めかしてみても、陛下という言葉にナディアは胸が冷たくなった。
「……お茶をありがとう。文献の続きを読んじゃうわね」
 窓ガラスに映ったセフェリノは、なにかいいたげにしている。
 それに気がつかないふりをして文献に向かうと、セフェリノはワゴンを押して部屋を出ていった。

   ●

 近隣の簡易地図が、玄関ポーチに絵画に混じって飾られている。
 夕食後、ナディアはそれを眺めにいった。
 並ぶ風景画に馴染むおだやかな色味で描かれたそれによれば、管理小屋は滞在している屋敷のすぐ近くといってよかった。
 セフェリノの話をそのまま受け取るなら、夜光花の咲く場所は気軽に足を運べる距離だと思って間違いなさそうだ。
 夜のなかで光る花など、もっと有名でもいいものだが、ナディアはこれまでに見聞きしたことがない。
 ナディアは夜光花のことが気になってしかたがなかった。
 窓からおもてをのぞく。
 外はよく晴れている。
 今夜なら月明かり星明かりでなんとかなりそうだった。
 父との手紙のやり取りだけが外界との接点のように考えがちだが、実際ナディアは散歩に出てはいけない、などとはいわれていない。
「いかがなさいましたか」
 屋敷の給仕長に声をかけられ、ナディアは地図を指さした。考えていることが考えていることだけに、なんだか後ろめたい。
「こちらの絵、地図ですよね。地図を飾るのはとてもおもしろいと思って」
「ほかの風景画と、描かれた画家の先生がおなじなのだそうです。このあたりの地図なのですが、とても正確に描かれているとうかがいました」
「気分転換の散歩によさそうですね」
 そういってナディアが指さした遊歩道は、屋敷の側面をかすめ、山裾へとつながっている。地図には管理小屋も描きこまれ、ではこの奥に花が咲く場所があるのだろう。
「お声がけいただけましたら、お供させていただきますので。昼食の後などですと、天気のいい日はとても素晴らしい眺めなんです。それからこの後はいかがなさいますか? お茶のご用意は」
「今夜は大丈夫です。ありがとう」
 部屋に取って返したナディアは、クローゼットに用意されていた薄手のコートを選んで肩にかける。
 部屋を出た先、廊下からテラスに出る扉を開きながら、コートが用意されているのだから、それこそ外出禁止というわけではない、と自分にいい聞かせた。
 誰かに見咎められて、声をかけられないか――不安になりつつ出かけていったナディアは、何度も振り返って道を確認していた。
 屋敷の門には番がいなかった。アルカンタス家もそうだが、薬局の窓口には夜も誰かしら詰めているが、門は見張りがいない。中央と違い、急な来客など滅多にないため、そこにひとを割り振らないのだ。だがそれも見直さなければならないだろう。放火の被害を受け、警備が手薄であることを批難されれば、アルカンタスはぐうの音も出ないのだ。
 出かけていった夜の外界は、すばらしく空気が透明だった。
 ほおが張り詰めるような冷たい風が吹き、ナディアは薄手とはいえコートを羽織ってきたことを喜んだ。
 月も星も十分に明るく、道を彩る草花が落とす影も明瞭だった。アルカンタス家の周囲の夜さえナディアは知らないでいるが、帰宅したら明かりを携えて散歩するのもいいかもしれない。
 地図によれば、道は一本だ。
 屋敷から離れるほど、道の両脇に立つ木は年を重ねた貫禄のあるものになり、次第に空からもたらされている明かりをさえぎりはじめる。
 つまずきかけたものに目をやっても、それがなんだったのかわからないほどあたりが暗くなりはじめていた。
 ナディアは木に寄りかかり、樹冠の向こうにある月を見上げた。
「……やだ」
 雲が出てきていた。
 枝葉と枝葉の間、月の光を受けた雲がゆったりと流れている。
 もし道が真っ暗になったら、どうすればいいのか。
 朝になるまでそこで待っていれば、屋敷に戻るのはたやすい――が、ナディアは野宿の経験などない。
 暗くなっても戻れるだろうか。
 道は一本で屋敷の明かりもあった。目印があるのだから、迷いはしないだろう。しかし足下を取られて転びかねなかった。
 にわかにナディアは怖くなってきていた。
 屋敷に戻るならいまのうちだろう、と足を踏み出したとき、月も星も雲に覆われてしまった――見上げずとも、周囲が真っ暗になりそれがわかる。
「こ、怖くない」
 かたわらの木に手をつき、ナディアは声に出す。
「怪我なんてしない……う、動かなければ、怪我なんてしないもの」
 すわりこみ、ナディアは雲が切れるのを待つことにした。
 脳裏にいろいろな考えが湧いてくる。
 周囲に危険な動物がいないか、悪漢が潜んでいたりしないか――セフェリノが話していた、幽霊が出たりはしないか。
 そのとき視界に揺れる光の玉を認め、ナディアは息を飲んでいた。
 幽霊が現れる場所に、ふわふわと空中を漂う光の玉が出現することがあると聞いたことがあるのだ。
 ざわざわと全身に鳥肌が立ってきた。
 動こうと思うが、身体がまったくいうことを聞いてくれない。
 不可解なものを前にして、周囲の暗闇すべてに得体の知れないものが潜んでいる気がする。木の葉が風にこすれるかすかな音も、そういったものが身じろいで上がったように聞こえていた。

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