【22話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

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 くちびるとくちびるがふれ合うまで、セフェリノは優しく温かいだけだった。
 ナディアのくちびるを割ったセフェリノの舌は、一瞬で荒々しく変貌した。
「う……んっ」
 のどから腹部へと、甘い感覚が広がって声がおさえられない。
 くちびるの内側をなぞられ、吸い上げられ、ひとつひとつにナディアは蕩けそうになってしまう。
「……ぅう……っん……」
 彼の舌の動きを真似てしまいそうだった。蕩けた反応をしてしまった、ナディアの敏感な部分を覚えていくセフェリノとのくちづけは、回を重ねるごとに深さが増していく。彼がそうするように、ナディアが快感を与えようと努めはじめたら――おなじように彼を心地よくできるのかもしれない。
 ナディアは彼の胸を両手で押した。
 自分が彼を愛撫する――その考えはナディアにとって、とても魅力的だった。だが同時に、狼狽しそうになってしまうほど淫蕩なものだ。
「だ、駄目……」
「駄目? ナディアは……嘘が下手だ」
「嘘なんかじゃ」
「キスも抱擁も、ナディアは楽しんでくれてるって……僕は知ってるよ」
 否定ができず、ナディアは目を逸らした。
「……こういうことは、礼節に含まれる? 反してる?」
 ひたいにくちびるを寄せたセフェリノは、一度音を立ててついばみ、ナディアの身体を解放した。
「ナディアが楽しんでくれるよう、もっと勉強していかないとね」
 しれっとした顔で長椅子に腰を下ろしたセフェリノは、お茶を飲み焼き菓子を口に放りこんだ。
 彼のくちびるが押し当てられたひたいにそっとふれ、ナディアは自分も彼にそうしてみたら、という考えに取り憑かれそうになっていた。
 サロンで客人として迎えていたころは、こんなふうになるなんて考えもしなかったのだ。
 こうして見れば、彼の体格は男性そのものである。ドレスを着ていたからといって、ずっと気がつかなかったのだ、ナディアの目は節穴なのかもしれない。
「ねえ、私……セフェリノが女装をしてた理由、ちゃんと聞いてないわ。外出だって、ほんとうに女装してないと駄目だったの?」
 理由があるなら聞きたかった――そうでなければ、まだ彼が嘘のなかにいる気がしてしまう。
 ずっとミランダであると信じ、友人になれたらと思っていたのだ。
「ナディアに会いやすいからだったんだけど。男の姿でサロンに通うの、難しいでしょ」
「……女装で動きまわるの、抵抗なかったの?」
「最初は緊張したけど」
 お茶を飲み、セフェリノは楽しそうにする。
「そこらのひとよりも僕のほうがきれいだと思ったら、なんだか平気になったなぁ」
「そういう……理由?」
 セフェリノの視線がわずかに揺れた。
 嘘ではないのかもしれない。だがあえて口に出していないものがあるのだろう。
「ナディア、これは?」
 ローテーブルには読んでいる途中の文献があった。ページが開いたままで、花の挿絵が描かれている。
「これ、薬草なの。夜光花なんですって」
 可憐な花である。
 説明によれば、昼に光を自身に蓄え、夜の暗闇のなかで光るという。
 花そのものには薬効は期待できないが、ほかの液剤と混ぜたときに、その効果を損なわずに粘りだけを出すそうだ。
「……粘ると、なにになるの?」
「美容効果のあるものを髪や肌に塗って……それに粘りがあったら、流れ落ちないで留まるでしょう? そうしたら施術も楽だし、効果が高まりそう」
「ああ、そういう」
「美容だけじゃなく、湿布とかにも使えるかもしれない。火傷とか……包帯を巻くのがつらい怪我とかでも」
「色は? 花の色」
 興味が湧いたのか、セフェリノは文献を熱心にのぞきこんでいる。
「わからないの。そこはなにも書いてなくて」
「……薄い桃色の花だったら、聞いたことあるよ」
「ほんと!?」
「屋敷の裏に森があるでしょ、そこの入り口に、管理小屋があるんだ。無人らしいんだけど、そこの横に遊歩道の入り口がある」
「花はそこに……?」
「そう。でもさ、幽霊が出るって噂があるんだって」
「幽霊……?」
 これまでに読んだり聞いたりした、この世に未練を残しながら死んでいったものたちの物語を思い出した。
 成長するとあまり聞かなくなるが、おさないころには祖父母が色々と聞かせてくれた。ナディアや弟の反応がおもしろかったのだろう。
 悲しみに暮れながら亡くなり、廃墟となった館をさまよう幽霊の話を思い出した。もう話をさほど怖いと思わないのに、なぜかおさないころに感じたぞっとした感覚が身体によみがえっていた。
「なんでも、森に入るひとも少なくなってるらしいよ」
「幽霊の噂、どのくらい信憑性があるのかしら」
「ナディア、幽霊が怖い?」
「だって、そんな噂があるのなら……なにかもとになる事件でもあったんじゃない?」
 セフェリノは眉を上げた。
「ほら……死体が見つかったとか、自殺者が出たとか……」
「……ナディア、けっこう怖いこというね」
「親類の持ってる別荘の裏手が、そういう場所だったの。地元の農家がそこで採れるキノコを独り占めしようとして、遠方から死体を買って放置したんですって」
「それほんとうに? 恐ろしいこともあるもんだ」
 農家は領地から追放になり、なかなか大きく騒がれた事件だった。
 死体が発見されたとなり、農家は幽霊の目撃談を流すつもりだったようだ。そうやってすべて独り占めにする。それがうまくいかなかったのは、偶然が重なったからだ――たまたま行商に訪れていたものが、たまたま死体の顔を知っていたからだ。
 農家が追放されるまではすみやかで、出ていった後もしばらく騒ぎになっていたそうだ。だがそれも、その地方に住むものたちにすれば、という話だったのだろう。

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