【21話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

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 ナディアは手のひらで彼のほおを撫でた。耳にふれ、耳の後ろをなぞり、首の後ろに手をまわした。
 手にかかる髪の毛の感触に胸をえぐられるようだ。
 いまするべきことを考える。
 彼とのことで迷っている自分は、よそに置いておいたほうがいい。
「やりましょう、セフェリノ」
「ナディア?」
「……ベッドだなんだっていってる場合じゃないわ」
 彼から身体を離し、ナディアは壁の書棚をにらみつける。
「家に手紙は届けてもらえるって話だったけど、お父さまにも届けてもらえるのよね?」
「ナディア、どうしたの」
「あなたの髪をなんとしてものばさないと」
 自分の髪にふれ、セフェリノは眉根を下げた。
「きれいにのばすんだから、手入れは怠らないでね」
 鼻を鳴らしてセフェリノは肩を落としたが、それにかまわずナディアは調剤室の引き出しひとつひとつを確認しはじめたのだった。

   ●

 屋敷に連れてこられて五日が経ち、ナディアは自分が薬師としては未熟すぎることを痛感していた。
 調剤室はなにもかもが充実していたが、いかんせんそれを利用するにはナディアの力量が足りなかった。
 弟ならば活用できるかもしれないが、軟禁状態になるのは自分と父だけで充分だ。
 父アロンソへの手紙は、今朝方ゴードンが引き受けてくれた。ひとりで馬に乗って駆ければはやい、と出かけていった。
 昼に出かけた彼は夕方に戻り、父からの返信を携えていた。
 父はナディアとおなじ状況で、場所はともかく設備の整った建物をあてがわれたようだと知ることができた。
 そこでは生家で足りなかった機材が揃い、試したいことを片っ端から試す、と先走った勢いのある字で書かれている。雑用の手が欲しい、と書き添えられていたから、忙しくしているのだろう。
 その手紙の確認もとうに済まされていて、ナディアに渡されたときには、すでに父の希望は却下と決まっていた。
 届いたアロンソからの手紙を、何度も読み返す。家族と離れるなどはじめてのことなのだ、手紙が届けられたことが思いのほかうれしい。
 何度も読まずとも、父にナディアの知恵はいらないのは確実だった。
「……どうしようかな」
 手紙には処方についてなどは書かれていなかった。父には父の持論があり、ナディアの助力なしに行動するつもりなのだ。
 ならば、とナディアは自分にできることをはじめた。
 急速に髪をのばそうとすれば、手入れにかかる手間はどうだろう。髪そのものに栄養がいき渡るのだろうか。
 香油を改良してみるつもりで、ナディアは一覧をかき上げるとゴードンを呼んだ。
「ここにあるものを、私のサロンから持ってきてください。リョースに声をかけていただければ、全部揃うはずです」
「サロンからですか? ここにあるものではいけないのですか」
「駄目です。サロンにはよそから取り寄せていたものもありますし、ここでつくるところからはじめるのはただの時間の無駄になります」
 畳んであった一覧の紙を開き、ゴードンは眉をひそめた。
「これはいつまでに揃えば?」
「はやいとうれしいです。できることなら、はやく着手したいですから」
 べつに今夜中に、と望んではいなかったが、ゴードンの表情から彼は早々に動くだろうと予測できた。
 夜の道を馬で進むのは危険だろうから明るいときに、という言葉を添えればよかったと思ったのは、調剤室の窓から彼の駆る馬が走っていくのがほどなく見えたときだ。
 夕焼けの道を出ていくゴードンの背で、きっちり編まれた太い三つ編みが跳ねていた。
 彼にもなにか香油を用意しよう、と書き上げていた一覧の内容を思い起こす。彼のように剛毛で、普段の手入れも最低限そうな髪に合う薬効は、と口のなかでぶつぶつとつぶやいていると、扉が叩かれ即座に開かれた。
「調子はどう?」
 入ってきたのはセフェリノだ。
 やはりワゴンを押していて、ナディアが調剤室にこもっているとちょくちょく顔を出してくる。
 お茶やお菓子を運んでくることが多く、それがないときは休憩にでもきているのか、長椅子で足をのばして過ごしている。
 屋敷の使用人たちは、出稼ぎにきた青年に対してあれこれといいつけてくるようだ。先日などははじめて洗濯をした、とうれしそうに話していた。
「温かいうちに」
 セフェリノはお茶をローテーブルに配膳していく。
「王さまなのに、そんなことまでして」
 それこそ下働きまでして屋敷に滞在しているが、王城に戻らずにいていいのだろうか。
「僕はナディアの前ではおりこうさんな従僕だから、あれこれ働くよ」
「おりこうさんなら、礼節をもって……」
 彼は夜になると、ナディアの寝室を訪れて帰ろうとしない。それを阻んでくれるのはゴードンだ。おかげでここ最近のセフェリノとの接触は、くちづけを交わしたり抱きしめられる程度におさえられている。
 本来ならくちづけたり、ましてベッドで足を絡めるような、そういったことは起きていないのが当然なのだ――セフェリノの情動をたしなめるための言葉は、羞恥心が邪魔をしてなかなか口に出せない。
「礼節って?」
 下働きの服は動きやすそうだったが、セフェリノの身体が細身に見える。
 するりと滑るように動き、ナディアの正面でセフェリノは微笑んだ。
 彼が着痩せするたちで、その腕や胸がしっかりと自分を抱きしめるときの心地よさを、ナディアは身をもってよく知っていた。
 当然のように彼の腕はナディアの腰にまわり、引き寄せてくる。
 抱きしめられると、目を閉じて彼の温度を楽しんでいたくなってしまう。
 大きな手がほおを包みこむと、自然と顔を上向かせて目を閉じてしまった。

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