【19話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

作品詳細

 アルカンタス家が扱う薬は、大半がどこにでも流通しているようなものだ。
 頭痛薬がよく効くとの評判もあるが、ひとによってはそれが咳止めになり、かゆみ止めになったりする。
 ひとによって評価が変わるなら、おそらくその効果は疑わしいのではないか。
 主力である毛生え薬だが、髪がのびる速度をはやめるのか、といわれると疑わしかった。はやまるかどうか、という視点での記録があるとは聞いたことがなく、その点はべつのところにいる父に期待するばかりだ。
 案内された調剤室のすみには、とてもすわり心地のいい長椅子があり、ナディアはそこでため息をついていた。
 セフェリノの髪の長さは、うなじにかかるくらいだ。
 式典などでは、髪を高く結い上げる。いくつか結い方はあるが、どれも腰近くまで髪をのばしていなければならない。
 髪をのばすことができなくなったときには、潔く表舞台から去る、という風潮があった。
 だからだろう、毛生え薬の買い手は年寄りが中心なのだ。しかもすでに頭髪に影響が出ているものがほとんどである。彼らは毛生え薬が効けば、大喜びで喧伝してくれる。効かなかったとしても、わざわざアルカンタス家を糾弾したりはしない――それは自分の頭髪がさみしいままだと公言することだからだ。
 父とナディアはべつの場所に保護され、それぞれが処方の研究が可能な場所にいるという。
 ゴードンは話し下手だったものの、聞けばそうと答えてくれた。
 彼は王城で秘書官を務めているそうだ。秘書官の実務内容を知らないものの、ナディアでも彼が高官なのだとわかった。
 セフェリノに長く仕え、だが城内で盾として彼は利用されてきた節があった。セフェリノの外出に付いてくるのはかならず彼だ。屋敷に到着したときの言動も鑑みれば、それなりに大変な立場かもしれない。
「アルカンタス家との手紙のやり取りは許可されています。私に預けていただければ、お届けいたしますので……ただ、内容にはお気をつけください。ここでのことは他言無用で」
「はい。ですが、父はもちろん、私の家族には現状を伝えてあるのですか? 母たちに心配をかけていないかが気がかりなんです」
「夫人はご存じでしょう。ご子息はまだ成人されていなかったはずですから、伝えてはいないと思われます。一点、手紙は内容を確認させていただきますので、そこはご了承いただきたい」
「わかりました」
 不用意なことを書かなければいいのだろう。
 彼に確認していくと、アルカンタス家は現在薬局もサロンも閉鎖したままだ。
 おそらくセフェリノの髪をのばすことができるまで、父もナディアも帰ることはできない――ならば、期限である来年の建国記念日近くまで、父子はアルカンタス家に戻らず暮らすことになりかねなかった。
 話を終えて、あてがわれた調剤室でひとりになったナディアは、室内履きを脱ぎ長椅子でひざを抱えた。
 薬ができなかったら、と考えかけて、それをあわてて打ち消す。
 しかし動き出しているナディアの頭は、薬局とサロンが閉鎖された状態で起き得ることを考えはじめていた。
 使用する薬の原料――薬草は、近隣で栽培されたものだ。農家で育てられたものを、アルカンタス家が買い取っている。
 それがなくなった場合、近隣の農家の収入がなくなってしまう。
 母や使用人たちで手をまわしてもらうとしても、遠からず父の不在は発覚するだろう。
 アロンソ・アルカンタスはあまりに貴族離れしている。
 頻繁に近所を出歩き、自分で薬草を摘んで歩き、農家に挨拶がてら状況確認をしてまわる。
 他言無用というが、ミランダ側はアロンソの行動など把握していないだろう。
 一時期だけでも父を帰せないか、折りをみて話したほうがいいかもしれなかった。
「時間がかかりそう……」
 楽しくないことを考えていたせいか、気分がくさくさしている。
 こういうときは身体を動かすのが一番だ。
 ナディアは気分転換をしようと立ち上がり、広い部屋をぐるりと見渡した。
 調剤の道具が一式揃い、すべてこの部屋で完結できるようになっている。そのため広さがあり、一方の壁はほとんどが窓になっていた。扱うもののなかには、日光に弱いものもある。カーテンはしっかりしたものがあつらえられており、遮光に問題はなさそうだ。また、べつの壁は書棚が埋め尽くし、残りの二方は薬剤や薬草をおさめた棚である。
 アルカンタス家のそれと広さは同等だが、こちらのほうがずっと片づけられていた――部屋の中央に大きな作業台が並べられているが、使っているもののいないさみしい清潔感があった。
 すみには長椅子とローテーブルがあり、手はじめにそこに花を飾ることを思いついた。あてがわれた部屋よりも、こちらで時間を過ごすことが長くなるのは目に見えている。ひとつでもいい、好ましいものを増やしておきたい。
 扉を叩かれて応えると、ワゴンを押すセフェリノが入ってきた。
「お茶にしないか?」
 ふわりと甘い香りがしている。
 ワゴンにはお茶とお菓子の用意がされていて、国王陛下がそれを押していると思うと味のある眺めだった。
「どうしてあなたが」
 声を殺すようにして笑いながら尋ねると、作業台にセフェリノはお茶を広げていく。
「ここの給仕に、となりの国から出稼ぎできてる、って話したら、色々仕事をさせてくれるんだ。おもしろいね、次から次にやることが出てくる」
「下働き?」
 まさか、と声が大きくなる。髪が短いから通る方便である。
「城をうろうろしてられないし、かといって閉じこもってるのもいやなんだよ。ここにいれば、ナディアともいられるし」
「……ゴードンさんは、なんて?」
「なにもいってこないよ」
「ほんと?」
「ほんとほんと。いやな顔してるだけ」
「……でしょうね」
 目に浮かぶようである。

作品詳細

関連記事一覧

テキストのコピーはできません。