【18話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

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 朝食を、と呼びにきたのはゴードンだった。
 おなじ寝室からセフェリノまで出ていくことになったので、朝からナディアの気持ちは沈んでいた。
 ゴードンが軽蔑でもしてくれればべつだが、とうにふたりがそういった関係だったと信じているらしい。わざわざ訂正する折りもなく、よかったことといえば朝食がおいしいということだけだ。
 食後にはゴードンに庭へとうながされた。早朝に窓から見た庭の草花に気を取られたナディアとしては、願ったり叶ったりだった。遠目にいくつか薬草を確認していて、近くで見たくなっていたのだ。
 庭は手入れがされているが、敷かれた石畳を進むうちに違和感を覚えた。さらに進み、木陰になって休憩のできるベンチを見つけたときには、違和感は確固たるものになっている。
「……ふしぎな場所ね」
 薬草がいくつかあるのではなく、庭に咲いているものはそのどれもが薬草だったのだ。
「お気に召しましたか?」
 女性の声がして、ナディアはあたりを見回した。
 するとベンチそばに立つ木の背後から、ひとりの女性が現れた。
「私も散歩をしておりました。ご一緒しても?」
「ええ……かまいません」
 背の高い女性だった。先を歩きはじめた彼女に付いていくと、淡い青地のドレスによく手入れされた金の髪が揺れている。
 その色味にナディアは胸が苦しくなる。
 セフェリノが失った髪によく似ていた。
 髪だけでなく、彼女はセフェリノに面差しがよく似ている。
「最初にセフェリノに買いものを頼んだのは、私なのです」
 彼が話していたことを思い出す――確か叔父のために、といっていた。
「アルカンタス家の妙薬はとても評判がいい……私の近くで働いてくれているものにも、じつは必要としているものがいます」
 笑いを含んだその声は、とても親しみを感じさせるものだった。
「あなたは」
「セフェリノは私の名を使っていたようですね」
「それでは……あなたがミランダさま」
 ミランダ・ソロリオ――レオラ国王ウリアルト三世の姉君。
 王女を前にしていても、ナディアは緊張をしないでいた。
「セフェリノが迷惑をかけていなければいいのですが」
 うつむき、ナディアは視線を泳がせる。
 この屋敷に連れてこられた理由は、まだ曖昧なままだ。
 事情を尋ねようにもゴードンは機嫌が悪く、ナディアには彼が拗ねているようにさえ見える。おそらくこれまでの間、セフェリノに色々と苦労をさせられたのだろう。
 セフェリノに抱きしめられたまま寝入ってしまい、昨夜はろくに話を聞けないでいた。
 まさか王女ミランダと対面することになるとは思っていなかったが、彼女はナディアが事情を把握していないとわかっているだろうか。
「ミランダさま、私がこちらに招かれたのは……」
 立ち止まったミランダが振り返る。
 なにもわかっていない、と口に出すまでもなく、彼女は理解したようだった。
「……保護という名目で、アルカンタス卿とナディアさまをご招待するよう命じました」
「名目」
「セフェリノが被害に遭うなど、起きてはならないことでした。ですが現場が妙薬で名高いアルカンタス家だったことだけは、幸運といっていいでしょう」
 ミランダが屋敷に目を向ける。
 ならってナディアもそうすると、控えるようにしてゴードンと見知らぬ男性が立っていた。ミランダの護衛か、身体つきが大きく物々しい。
「セフェリノは十年ほど前に即位しましたが、まだ政治の場にいないといっていい。私が代理としてまつりごとの場におりましたが、その状況は近々変わります」
「変わるとおっしゃいますと」
「来年の春、建国記念日があるでしょう。建国三百年ですから、大きな式典となります。その日に私がゼノリアン公爵に嫁ぐことも公表され、以降はもうまつりごとの場には出ません。民は知らないでしょうが、臣下たちにすれば王が代替わりをするようなものです――秘密裏のことです、こちらは他言無用で」
「それは……おめでとうございます」
 祝福を口にするなり、ナディアは状況に気がついた。
 ――セフェリノの髪。
 いまの長さでは、式典などの正式な場に出ていくことができない。
 ミランダが微笑む。
「この屋敷は王家が管轄する薬師が所有していたものです。薬師は現在国外に出ておりますので、ナディアさまのご自由にお使いください。屋敷はのちほど案内させましょう、道具などはそのときにご確認を」
「あ、あの……」
 保護というのは、まったくの名目でしかない。
 ナディアは血の気が引いている。
「ナディアさま――建国記念日までに、セフェリノの髪をのばしてください。被害に遭ったのがアルカンタス家だったのも、なにかの縁でしょう」
 とても美しい笑顔だ。
 それは命令でしかない。
 否どころかナディアの意見など求めておらず、成さねばその先にあるのは極刑ではないだろうかと予見させられる。
 ナディアは背に鳥肌を立たせ、王女がゆったりと歩きはじめたとき追いかけようとはしなかった。
 彼女は立ち去ろうとしている。それならば、ナディアは追うべきではないだろう。
 父や母なら、ここでなにか見送りの言葉を口にしただろう。しかしナディアはそれができず、ただ青い艶やかなドレスが立ち去っていくところを見送っていた。
「ナディアさま、あなたが賢い方でよかった」
 ミランダの足が止まり、声だけがナディアに向かってきた。
「わたくし、賢くない方と話すのがとても苦手なんです」
 ミランダが背を向けていてくれてよかった。心底ナディアはそう思い、自分の眉間に深いしわが刻まれているのを自覚していた。

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