【14話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

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「いらっしゃいませ!」
「いいですか?」
「どうぞ! ちょうどお茶を入れ直すところですよ!」
 店員にうながされて足を踏み入れたナディアは、大きな窓に近い席に腰を下ろした。高額は手持ちにないが、財布も持ってきている。
 カウンターで立ち働く店員が、いくつかメニューをそらんじた。サロンを閉めてから立ち働く時間が減っていて、ナディアは最近空腹を感じにくい。自然と一番軽そうなものを選んでいた。
「スープとパンのセットで」
「はい、スープとパンおまちどおさま!」
「えっ、もう?」
 頼んで数秒もかからず、カウンターから料理が出てきた。素直にナディアが驚くと、店員は笑った。
「うちははやいのが売りだからねぇ。お茶はおかわり自由なのよ、欲しくなったら呼んでね!」
「ありがとう」
「お客さん、髪の毛ずいぶんきれいだけど、手入れになに使ってるの? いいのがあったら教えてよ」
「ちょっとあんた、食事の邪魔しないの!」
 叱咤が飛んできて、店員は取り繕うように笑って下がっていった。
 ほかに客のいない店内で、店員三人が働く音が心地よい。
 テーブルを拭き、厨房で野菜を刻み、くべる薪を運び入れる。女三人で切り盛りするのか、鍋や食器の置き場がそれほど高くない。
 野菜の値段や、近所の商店で起きた喧嘩の話。気軽な声が聞こえ、そのなかで取る食事はおいしいものだった。
 軽いメニューを、と選んだはずが、その当ては外れていた。
 大きなボウルのスープは野菜がたくさん入り、香辛料で味つけされているためだろう、食べはじめるとすぐ汗ばんできた。
 最近食欲がないと思っていたが、気がつくと完食している。
 ほこほこと温かくなったほおを、ナディアは両手で挟んだ。
 身体が温かいうちに通りに出て、御者が教えてくれた花屋に寄ってみようか――母へと父が買っている花を、ナディアが両親に贈ったら驚くだろうか。それとも、両親の間での贈りものに立ち入るのはよしておこうか。
 それはちょっとしたいたずら心に過ぎず、ナディアの感心は目前に広がる光景に移った。
 町をゆく人々の髪は日に焼けて傷み、ばさついたものが多い。手入れはどんなものが主流になっているのか、ナディアはそれを知らなかった。
 潤沢に――効果を感じられるまで香油を使うには、どの程度の暮らしぶりが必要不可欠なのか。
 そのあたりの感覚が、ナディアと彼らの間で隔たっている。
 そんなことを考えていると、足音が近づいてきて正面の空いていた席にひとがすわった。いきなりのことだったのでナディアは飛び上がり、そこにすわった人物の顔を凝視していた。
「失礼、探しました」
 ほおに当てていた手で、ナディアは口元を覆っていた。
「……ゴードンさん」
 セフェリノの従者だ。
「お茶をひとつ、あとなにか焼き菓子があったら見繕って包んでもらいたい。土産だ」
「かしこまりました!」
 ゴードンを前にしたナディアは、緊張してしまって言葉が出てこなくなっていた。
 サロンに訪れていたときと、身なりが違っている。
 彼は平服ではなく、官服を身に着けていた。マントの下からのぞいたのは、高級官僚である証が刻まれた紋章だ。
「あの……あれから、どうして」
 やっとその声が出たときには、ナディアの温まっていたほおはすっかり冷えてしまっていた。
 お茶が運ばれ、ゴードンはそれでくちびるを湿らせるとひとつうなずく。
「悪くない味だ。……ナディアさま、彼の身分はお聞きですね」
「……はい」
「無事である、とご報告させていただきます」
 安堵のあまり、全身の力が抜けていってしまいそうだった。
「今回巻きこまれたせいで、周囲が彼の外出を血眼になって阻止しようとしています。私としても、じっとしていてくれるほうが安心できる」
 女装云々ではなく、本来なら王城で執務に追われている身だろう。あれだけの頻度でサロンに顔を出していたことが、実際はおかしかったのかもしれない。
「……無事で、よかった。知らせてくれて、ありがとうございます」
 ――もう彼と会うことはないのだろう。
 セフェリノが無事であるなら、自分がさみしいということなど、あまりに些細に感じられた。
「伝令のためにあなたを探したのではありません」
 ゴードンの眉間に刻まれたしわが深い。サロンで話したり笑ったりするときは見かけなかったが、いまは機嫌が悪そうだった。
「あなたを保護するよう命じられています。すでにアルカンタス卿には許しを得ています」
「……なんの話ですか」
「アルカンタスに出向いたら、ナディアさまは外出されたと聞き追いかけてきたのです。お食事はお済みですね? 追々説明いたします」
 ゴードンが席を立つと、店員が包みを持ってやってくる。
「お会計は一緒でいいのかしら」
「かまわない。釣りは取っておいてくれ」
「ありがとうございます!」
 多めの貨幣を店員ににぎらせたゴードンは、ナディアを一瞥すると店の外に向かっていく。
 これは付いてこいといっている――が、事態が急過ぎて、ナディアは付いていきたくなかった。
 それでもナディアの足は動きはじめ、往来に出ていったのだった。

   ●

 事情を説明するといっておいて、ゴードンの説明はあまりに不明瞭だった。
 ナディアには同行してもらう、その許可はアルカンタス卿からすでに得ている。屋敷からの馬車は帰した。
 それのみで、なぜ、という部分がすべて欠落している。
 彼が用意したという馬車にナディアがおとなしく乗りこんだのは、それがセフェリノと一緒にいたことのあるゴードンだからだ。
 休憩もなしに、乗りこんだ馬車は延々と走っていた。
 窓にはカーテンが引かれ、外をのぞかないよう先に注意されている。
 それでもさすがに走行時間が長く、夕方どころか夜になったのでは、と不安になったころ、ゴードンが食堂で買っていた焼き菓子を差し出してきた。
「もう少しかかります。これを」
 包みのなかにはきれいな焼き色のついた菓子があり、だが食欲は湧かなかった。
「あとで、おなかがすいたら」
「きっとですよ。遠慮はなさらないで」
 ゴードンは紙包みをナディアの手ににぎらせ、向かいの席の背もたれに身体を預けた。

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