【12話】国王陛下の寵愛蜜戯~獰猛な独占欲~

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 ナディアはよみがえる光景に顔を覆い、ベッドにうずくまる。
 強風は火をまとっていた。
 火の粉ではなく、燃え盛る火の小片がばらまかれていた。砂利をばらまくのに似ている。そのすべてが燃えていることが恐ろしく思い出される。
 よりによってその火は、セフェリノの髪に燃え移ったのだ。
 そのときナディアは悲鳴を上げていた。
 着火したセフェリノの髪に、どこからともなくのびてきた腕がコートを被せていた。いつの間に現れたのか、それは彼の従者ゴードンだった。
 火の塊があたりを明るく照らしていた。火が持っていたのは温厚な表情ではなく、立木や植えこみを燃えかすにしようという悪辣なものだった。
 動けないでいたナディアの前、コートに包まれたセフェリノはゴードンとともに気づけば姿を消していた。
 そちらに駆け寄ろうとしたナディアは、使用人たちによって止められた。駆け寄ってもなんの役にも立たない。そうとわかっていても、ナディアはセフェリノの無事を確かめたかったのだ。
 二度目に上がった火も、最初のもの同様に消えるのがはやかった。
 使用人たちが奔走し、怪我人がないことを確認した――どこにもセフェリノもゴードンもいなかった。
 馬車も残されておらず、彼の身分を知るのはナディアのみ。
 現れた警邏隊にどう説明するか迷い、結局ナディアは客人は無事退出したようだ、とだけ話した。
 それからの十日間、サロンは閉鎖され誰も訪れない。見舞いを兼ねた手紙が何通も届いていたが、セフェリノからのものはなかった。
 陛下になにか起きた、という報もないらしい。
 それならば安心、と思いたいところだが、セフェリノの髪に燃え移った火の様子がまぶたから離れない。
 こんなとき、政治の中枢にあるような人物ならどうするのか。
 謁見か、手紙か。
 ナディアは謁見を望める立場ではないし、望んだところで通るかわからない。
 そうなると手紙になるのだが、陛下宛にしたためたものがすんなり手元に届けられるのか疑わしかった。
 手紙となれば膨大に届くだろうし、そのすべてを陛下が目を通す保証はない。場合によっては先に誰かが検閲するだろう。
 名案が浮かばなかった。
 部屋で腐っていてもしかたがない、とナディアは身を起こす。
 ふらりと足を向けたサロンからの光景、そこに火事の名残はなかった――が、被害を受けた樹木や備品は取りのぞかれ、清掃されている状態だ。
 記憶のなかの、過去の景色と違っている。
 事件はほんとうに起きてしまったことなのだ。
 ため息をついた矢先、ナディアは庭から父が手を振っていることに気がついた。
「お父さま、なにをして」
 テラスに出ると、父もまた近づいてくる。
 父――アロンソ・アルカンタスは背にかごを背負っていた。
「……薬草を摘んできたの?」
「ああ、ちょっと試したいことがあって……ナディア、顔色がよくなってきたな」
 ほおに手を当てると、貴族らしからぬ作業着の父はかごを背負い直した。
「サロンを閉めている間、私の手伝いでもするか?」
 アロンソの手伝いといえば、薬の処方や改良だ。
「……いいの?」
 主に父の手伝いをするのは弟のヘラルドである。次期当主という気概からか、自分が完璧に父の手業を引き継ぐのだ、と鼻息を荒くしている。そのせいかヘラルドは、ナディアが薬局に入ることをよしとしていなかった。
「それとも、見合いの話でも聞くか?」
 アロンソは笑ったが、ナディアは笑えなかった。
 母が少し前から、やたらと見合いや孫の話をしはじめていた。ナディアはおさないころから婚約者が決まっていても、なんらおかしくない立場なのだ。だがナディアにはその話はなく、持ちこまれても気乗りせずにはぐらかしている。
 しかしナディアも十九歳だ、嫁ぎ先を決めておいてほしい、というのが母の本音らしい――父がどうなのか、確かめたことはない。
「ちょっと出かけてきてもいい? 閉じこもってると、気持ちがふさいでくるの」
「どこに?」
「髪飾りの職人さんのところ。この間届けてくれたもののなかに、欠けのあるものが見つかって」
 ナディアは気がつかなかったのだが、リョースが髪飾りのうちふたつに欠けを見つけてくれていた。
 誰かに届けてくれるよう頼むつもりだったが、気晴らしを兼ねて出かけてみる気になっていた。
「たまにはいいんじゃないか? 馬車に遠まわりで走るよういいなさい、景色をぼんやり眺めていると、おもしろい思いつきをしたりするよ」
「ありがとう」
 髪飾りの入った小箱とコートを手に、さっそくナディアは馬車に乗りこんだ。
 おさないころから知っている御者に、
「ぼんやりしたいから、遠まわりを」
「かしこまりました。旦那さまもよくそうおっしゃいますよ」
「お父さまに勧められたの。お父さまとおなじ道で」
「いまの時期、花が咲いてきれいな道です。おまかせください」
 目指す職人の工房は、川沿いの集落のなかにある。
 そこに到着するまで、ナディアは父が気に入っているという景色を堪能した。
 広大な土地に黄色い花や青い花の咲く景色は美しいが、それらはすべて薬草である。風にそよいでいるそれらは、主に頭痛薬に使うものだった。父の喜びそうな景色で、ナディアは通り過ぎていく薬草の名前を確認しながら過ごしていた。
 事前の連絡なしに現れたナディアに、工房の職人は泡食った様子を見せた――屋敷の使用人ではなく取引をしている当人だからか、お茶の支度をお茶菓子をと若い職人が命じられていたが、ナディアはそれを辞退していた。
「お仕事のお邪魔はいたしません。突然押しかけてしまって……ご迷惑をおかけしてすみません」
「とんでもないです! 欠けのあるものをお渡ししてしまうなんて」
「見れば気がつくものでしたから、運んでいる最中に起きたことかもしれません」
「運ぶのは若いのにまかせておりますが、確認して厳重にさせます」
「それでは用事がありますので、私はこれで」
 明らかに工房の手が止まってしまっていた。軽い気持ちで出かけてきて、とんだ邪魔をしている――早足に馬車に向かったナディアは、扉を開けて待つ御者と目が合った。

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