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【9話】お薬の時間です!~狼騎士隊長の担当看護師に任命されました~

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 唯一の縁を失ってしまった衝撃にニーナは言葉を失った。
「実はあれは画期的な薬でな? 誰かに盗まれたり、瓶の底に残った薬の成分を調べられたりするのも都合が悪いんじゃ。嫌な人間はどこにでもおるじゃろ? 勝手に成分調査、特許申請されて高値で売り出されたりでもしたら、貧しい者の命が助からん。だから信頼しているニーナに任せたいんじゃよ」
 ニーナははっとして口を閉じる。
 確かにヤマトは研究馬鹿とはいっても優秀である事は間違いないし、以前は王宮医師だったくらいなのだ。もしかして自分は言い過ぎてしまったか……、と一瞬自分の感情だけで拒否した事を反省したのだが――次の瞬間ヤマトがぺろっと舌を出した。
「それにな! オズワルドから貰った薬代は研究費としてぜーんぶ使ってもうた!」
「――は? いえ! 昨日のお金はちゃんとお返しします!」
「いやいや、あんな端した金じゃどうにもならん、ニーナに渡したのは百分の一くらいじゃからな!」
「え……」
 ひぃふぅ、と指を折って数えて、ニーナはその金額の大きさに震え上がったのだが、しかしニーナよりも激しく震えている人物が隣にいた。勿論、怒りにである。
「……お・と・う・さん~? 今回の謝礼で、このボロい診療所建て直すって言ってたわよね……?」
 確かにこの診療所は老朽化が進んでおり、いたる所にガタがきている。医療を扱う現場としてはかなり不向きである事に、常連の患者からも苦情が出ていた。なるほど、だからこそ、普段旦那さんがやっているパン屋の切り盛りを誰かに任せても、マリアがこちらに来たのかもしれない。
 手当たり次第に投げられ、飛び交う機材を年齢にそぐわぬ俊敏さでひょいひょいと避けるヤマトだったが、マリアがベッドの下にしまい込んであった木箱をがしっと掴んだところで顔色を変えた。
「わぁ! やめろマリア! それは一週間かけて増殖させた貴重な――」
「こんのクソ親父がぁあああ! 亡くなった母さんと私がアンタの研究狂いにどれだけ苦労したと――!!」
 怪我をしないように、ニーナはすすすっと後ろに引っ込む。
 きっちり扉を閉めてマリアが落ち着くのを待ったが、いかんせん今日は長い。当たり前だ。ニーナが貰った謝礼は半月分の給金に近い金額だった。それの百倍なんて……。かなりの金額をヤマトは研究費につぎ込んだ事になる。
(いや、うん。私もマリアさんみたく半狂乱になるわ)
 そうして扉の前で、……といいつつも、じっとしているのが苦手なニーナは、マリアが途中までやっていたのだろう床に転がっていた箒を拾い上げた。そして待合室の掃除をしながら待つ事にした。
 最後に雑巾を洗い終わって裏庭に干し、戻って来た後も一向に収まらない扉の向こうの様子に、大きな溜息をついたニーナは明日早めに出勤する事にした。
 窓の向こうはすっかり日も落ち、興奮に忘れていた空腹も思い出す。お腹はこんな状況でも切なく悲鳴を上げていた。
(……あー……明日どうなるのかなぁ)
 マリアが駄目なら他の人間に頼むのは難しそうだ。未発表の薬なら尚更。
 ニーナとて末端ながら医療に携わる人間だ。新しい薬が開発されて誰か一人でも助かる人が増えるのは嬉しい。……が、正直自分の命の方が惜しい。
 それにうっかりニーナに抱き着いてきた事をオズワルドが覚えていたら、顔を合わせるのも気まずいだろう。もしかすると彼の方から、ニーナ以外でなんて要望が来ているかもしれない。むしろそうしてくれたら万々歳である。
 一度財布に入れたお金を失うのは悲しいが、自分が貴族に無礼討ちされて死ぬ方が家族は悲しむだろう。
 ニーナは大きな溜息をつくと、家へ帰るべくすっかり暗くなった道を重い足取りで戻った。

 ――とまぁそんな経緯で、いつもより早く出勤したニーナを待っていたのは、夕方から来るはずのマリアだった。
 本業のパン屋が忙しい時間帯だというのに、鞄を持ったまま待合室で立っていたマリアは、ニーナに手を振るよりも先に勢いよく頭を下げた。
 ちなみに開け放たれた扉の向こうに見えたヤマトの背中は丸まっている。どうやら昨日ニーナが帰ってからも相当マリアに絞られたらしい。
「ニーナちゃん! ごめん! やっぱり断れないみたいなの」
 両手を合わせてニーナを上目遣いに見るマリアの眉尻はこれでもかというほど下がっている。マリアの勢いに呆気に取られていると、ニーナが怒っていると勘違いしたのか、マリアは焦ったように言葉を重ねてきた。
「分かる、分かるわよ。私だってお貴族様なんて関わりたくないし、その上に獣人の隊長だもの。無責任にきゃあきゃあ騒ぐくらいなら楽しいけど、実際一対一なんて怖いわよ!」
「マリアさん……」
 マリアの言葉は正しくニーナの困惑を捉えている。昨日のヤマトはあまりにも他人事で余計に腹が立ったらしい、とここに来て初めて気付いた。
「本当にごめんなさい。あれから何人か当たってみようかと思ったんだけど、お父さんが守秘義務があるから言っちゃ駄目っていうし。もういっそ私が行こうかとも考えたんだけど、注射でしょう? 口を覆っても咳が止まらなくなっちゃったら、針なんてとてもじゃないけど刺せなくて」
 眉間に皺を寄せて言い募るマリア。何か取ろうとしたのか、かたりと音を立てて立ち上がったヤマトをぎっと睨むと溜息をつく。目まぐるしく変わる表情に、ニーナは苦笑して……ふっと力を抜いた。

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