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【8話】お薬の時間です!~狼騎士隊長の担当看護師に任命されました~

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二、長女は頼られると弱いのです。

 ニーナの目覚ましは、裏のおばあちゃんが飼っている雌鶏の鳴き声である。
 それほど遠くない職場を考えれば、些か早すぎる起床時間なのだが、余裕をもって朝の支度を済ませたい派のニーナは少々眠くても、それに合わせて起きるようにしていた。
 が、今日のニーナは目覚め以上に機嫌が悪い。
 上半身を起こして、いつものように寝癖で派手に跳ねた髪を軽く手櫛で梳いている途中で、イラっとする。
 ――昨日逃げるように診療所に駆け戻った後の、ヤマトとのやりとりを思い出してしまったのだ。ついつい髪を梳く手も乱暴になってしまい、「いたっ」という声と共に、何本か抜けてしまった。傷む頭皮を揉みながら溜息をつく。
「……はぁ、今日どうなるんだろう……」
 朝一番の鶏と共に叫ぶわけにもいかず、ニーナは再び枕に突っ伏し、くぐもった声でそう呟いた。

 そう。昨日ニーナは診療所に駆け戻り――。
『診察終了しました』の木板がひっくり返る勢いで扉を開け、診療所に飛び込んだニーナは、仕事を終えて二階に上がろうとしていたヤマトをひっ捕まえた。
 開口一番、貴族と関わり合いになるなんて怖い。それに自分は獣人の事を何一つ知らない。そもそもどうして最初から患者は獣人で、あの獣騎士団の隊長だと言ってくれなかったのか――詰め寄って責め立てれば、ヤマトはとぼけた表情で首を傾げた。
「いやいや、オズワルドは身分をかさに平民を虐げるような真似はせんよ。問題ないない」
「めちゃくちゃ睨まれましたけど私!」
 ニーナは昨日の強烈な、ともすれば痛い程の視線を思い出す。あの後はすぐに熱に浮かされ酩酊状態になっていたので、時間にすれば五分もないのだが、焼きつくすような強烈な視線は、今も思い出すだけで肌の下がザワザワするほどなのである。……まぁ、中盤からはよく分からない態度……いや、微妙に懐かれた感があったが。
「その上……っ」
 反応が薄いヤマトに焦れたニーナは『押し倒された』と続けようとしたが、そう言い切るには……勿論恥ずかしさもあったものの、確証が足りない。
「ニーナを睨んだ? そりゃ可愛さ余って……いや、面白い反応じゃな! 痛みに朦朧として攻撃的になるのはよくある症状じゃ。まぁ、奴に悪気はないよ。何かの間違いじゃろ。それにあやつは元々目つきが悪い」
 白々しい笑顔でそう言って首を振るヤマトをニーナは睨む。
 目つきが悪いだけで、あんな苛烈な視線を向けられるものなのだろうか。むしろ彼を見てきゃあきゃあ騒げるシュケルトの女の子達はよく怖いと思わないものだ。
(……まぁ、可愛いところもあったけど)
 ふいに向けられたオズワルドの柔らかな微笑みが、ポンとニーナの頭に思い浮かぶ。
 もしやこれが巷でいうギャップ萌えというヤツなのだろうか。しかし簡単に丸め込まれる訳にはいかない。ニーナはさらに食い下がった。
「それだけじゃなくて、私は獣人の身体の事を知りません。基礎を知らないのですから異常なんて分かるはずないですよね!」
「体の構造? ああ、獣人の心拍数は100から180程度でそれくらいかの? 内臓は儂らとそう変わらん。あ、ちなみに生殖器も変わらんぞ」
 にひひ、と笑ったヤマトの頭を何かの影がすごいスピードで横切った。
「お父さん! 何、ニーナちゃんにセクハラしてんのよ! 訴えられるわよ!」
「マ、マリアさん……」
 そういえばマリアが来ていたのだった。恐らく今まで裏口で片付けをしていたのだろう。
 先程のヤマトの発言は間違いなく真っ黒なセクハラ発言なので、ぜひ天誅をお願いしたい。
 そんな応援が通じたのか、マリアの説教は看護師へのセクハラから普段の生活態度へと移行し、盛大な親子喧嘩へと発展してしまった。
 煽っておきながら今更なのだが、このまま話が有耶無耶になるのは避けたい。
 できれば今晩安心してぐっすり眠るためにも、今日中に『もう行かなくていい』とヤマトに言ってもらいたかった。
 一歩足を進める度に、何か壊さないかとヒヤヒヤするあの豪邸に行くのは勘弁してもらいたいし、なにより相手が悪すぎる。他国のしかも獣人騎士団の隊長である。熱に浮かされた酩酊状態ならともかく、正気に戻った時に貴族ぶられて威圧感たっぷりに上から話されるのも嫌だ。ヤマトが元王城で働いていた事情から、診療所にもたまに貴族が訪ねてくる事があるのだが、大概感じが悪かった。
 それにうっかりいつもの調子で言い返してしまうかもしれない。自分で言うのもなんだが、荒くれ物の患者のせいで一言われたら十言い返すくらいに口が立つようになってしまっている。お貴族様にうっかりそんな口を利いたら――なんて、恐ろしすぎて想像もしたくない。
「あの、じゃあマリアさんか他の人に頼めませんか? 勿論謝礼はそのままお返しします!」
 一瞬言い争いが途切れた隙間を狙い、ニーナが口を挟む。
 するとヤマトを睨んでいたマリアが、パッとニーナを見た。
「え? ――あー……あの、例の獣人さんの薬の事よね? ごめん。私動物アレルギーなのよ……」
「え……」
 そういえば昔、そんな話を聞いた気がする。マリア自身は可愛いと思うらしいのだが、触った途端鼻がムズムズして鼻水が止まらなくなると言っていたか。

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