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【7話】お薬の時間です!~狼騎士隊長の担当看護師に任命されました~

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「お騒がせしました! えっと……ニーナ嬢?」
 思考の迷路に入りかけていたニーナを呼び戻したのは、涼やかな男の声だ。
 はっとして見上げれば、目の前にいたのは焼き立てのパンのような小麦色の大きな耳を持つ獣人だった。先ほどまで一緒にいた獣人の男と比べると随分細身だが、やはり身長は高い。変わったデザインの丸眼鏡を高い鼻先に引っかけているせいで、獣人特有の整い過ぎて近寄りがたい雰囲気が薄まり、他の獣人よりも話しかけやすい愛嬌があった。
 そして彼は間違いなく狐の獣人だろう。腰からちらちらと見えているふさふさの尻尾を見てすぐにそう判断した。町でいうところの猫くらいに、郊外育ちのニーナは良く目にしていた動物なので間違いない。しかし今は故郷を懐かしんでいる場合ではないのだ。
「あの、……何が」
 騒動の中でもちゃんと持ってきてくれたらしいブーツを足元に置かれ、足を通しながらそう尋ねれば、狐耳の青年は眼鏡の縁に消えそうなほど、目を細めて笑顔を作った。
「うん、ほら! 若いお嬢さんに何かあったら大変だと思ってね。いやぁ、でも早めに踏み込んでよかった! うちの隊長、発……熱に浮かされて抱きついちゃってたけど! ごめんね!」
「え……あ、いえ! そもそも注射を打つのに遠くて、寝台には自分で上がったんです。……ちょっとバランスを崩して倒れ込んでしまっただけかも」
 勢いよく捲し立てられて、ニーナは慌てて首を振る。最後に押し倒された事に関しては、バランスを崩したのか、熱に浮かされたのか若干怪しい部分はあるが……確かにヤマトのいう通り、悲鳴を上げたら一分も経たない内に来てくれたので特に被害はない。むしろちゃんと来てくれる事が分かって改めてほっとした。
 しかしそれよりも――狐の獣人の言葉の中にとても気になる部分があった。正確には名称だが。
「あの……」
「ん? なに? 何でも聞いて! ちなみに僕の名前はキキル。よろしくね!」
「あ、はい……? あの、キキルさん。あの中にいる患者さんって『隊長』、なんですか?」
「あれ? 聞いてなかった? そう! オズワルド隊長は我ら獣騎士団の隊長だよ」
 ニコニコしながら声高に叫んだ言葉に、ニーナはくらりと目眩を覚えた。
(獣人というだけでも腰が引けるというのに、よりにもよって獣騎士団の隊長……!)
 シュケルトの身分制度から考えると騎士になれるのは貴族だけだ。しかも隊長クラスになると間違いなく高位の貴族になるはず。獣人の国が同じとも限らないが、そんな相手にニーナの態度はあまりにも失礼だったかもしれない。
 そしてなによりこの事が騎士団ファンに知られたら、とんでもない抜け駆けだと大騒動になるだろう。獣騎士団第三隊オズワルド・ロバート・アルフォード隊長――割合覚えやすいこの名前を、それほど噂話に興味もないニーナでも知っていた。そう。王都の若い女の子を夢中にさせている噂の獣騎士団の、よりにもよって隊長その人である。
「あ、あのっ……私そんな、高貴な方だと知らなくて……、失礼な接し方をしてしまったかもしれません……!」
 切実に味方が欲しい! それも庇ってもらえるような!
 そんな思いもあり、つい縋るように言い訳を口にすれば、キキルは丸眼鏡の奥の目をきょろっと動かして首を傾げた。
「いや? そんな事ないと思う。君の声は聞こえていたけど、全く問題ないよ。ニーナ嬢。この調子で隊長をよろしくね」
 これこそ騎士とでもいうように、優雅に腰を折ったキキルにニーナは曖昧な笑みでごまかした。
 よろしく――したいわけがない。ヤマトには悪いがこの仕事は断らせてもらおう。幸いな事に昨日貰ったばかりの謝礼には手をつけていないし、診療所にはマリアだっている。
 別にニーナでなくてはできない処置ではなく、堂々としているマリアなら、きっと貴族相手でも自分のように尻込みしたりしないだろう。
 柱時計を見れば、すでに注射をしてから三十分は経過している。
 寝室の扉の向こうから、僅かながらも落ち着いた話し声が聞こえてくるので、オズワルドの経過は順調なのだろう――が、思えば観察らしい観察もしていない。
「あの、オズワルド隊長が落ち着かれたなら、脈を取りに行きたいのですが」
「……あ、うん。……えっと、……分かった。ちょっと待っててね」
 そう言うとキキルは確認を取りにいったのか、一旦扉を開けて部屋の中にするっと身体を滑り込ませた。一瞬向こう側が見えたが角度が悪く、先程雪崩れ込んできた騎士団の背中しか見えない。
 程なくして静かに扉を開けてもどってきたキキルは、『120だったよ』と教えてくれた。ちなみに人間の一般的な平常時の数値は70から80である。驚くニーナに「獣人の脈は速いからね。正常数値だよ」とわざわざ教えてくれた。
 そしてキキルは再び部屋に戻ると銀のトレイの薬瓶や医療用の鞄とニーナの私物も持ってきてくれた。きちんと全ての医療器具が揃っている事を確認して、お礼を言う。
(後は診療所でチェックしよう)
 とりあえず、診療所に寄ってヤマトを締め上げて詳しい事情を聞き、丁重にお断りしなければ。
 ニーナはそう決意し、「また明日ね!」と終始笑顔のまま手を振るキキルに『すみません! 明日は多分来ません!』と、心の中で謝罪しながら、角を曲がったと同時に、診療所に向かって駆け出した。

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