【43話】お薬の時間です!~狼騎士隊長の担当看護師に任命されました~
……ただでさえ田舎である。颯爽と現れた立派な馬車と獣人の騎士に、家族は皆、口を開けたままオズワルドの話をほぼ上の空で聞いていた。
家族の中で一番復活が早かったのは母親だった。あまりの家族の反応の薄さに『ちゃんと聞いてる!?』と怒鳴ったニーナをオズワルドが宥めた時の事だ。オズワルドに膨れて見せるニーナを見て、「まぁ……」と驚いたように口に手を当てた。
『あらあら。ニーナが誰かにそんなに甘えるの初めて見たわ』
自覚があるだけに、言い返せないでいると、母親に釣られるように正気に戻った父親も、こくこく頷いた。どうやらオズワルドにも驚いていたが、そんな彼にぴったりと寄り添うニーナの態度にも驚いていたらしい。突然、かつ種族も違うという婚姻に父親という立場上、少しは反対されるかもしれないと思っていたのだが、完全に取り越し苦労だった。
『うちで一番しっかりしてるニーナが選んだ旦那さんだ。間違いないだろうけど……幸せにしてやってくれよ』
その後は、年の離れた弟達はオズワルドにじゃれつき、一番年の近い弟だけは序盤こそ距離を置いて観察していたが、三日も経つ頃には下の弟と同じように、羊の世話を買って出たオズワルドの後をくっついて回るようになった。
二週間の休みをそんな風に過ごした事で、ニーナはたっぷりと家族と過ごす事ができた。
母親と一緒に花嫁衣装のベールは縫う事ができたし、何より嫁入りの心構えや母親の若い時の話もたくさん聞く事ができた。
そして、気がかりだった診療所も騎士団の伝手で看護師と見習いが二人入った。引継ぎは完璧とまではいかなかったが、当面マリアがフォローすると約束してくれた。すっかり仲良くなった三人が餞別にと贈ってくれた明るい薄紅色のケープは、大事に鞄にしまい込んでいる。
「エルティノに戻ったらたくさん買おう。ニーナの好きな種類はなんだろうか。全部買って味比べをするのもいい」
「全部って買いすぎですよ。んー……と、あ。オズさんの好きな果物はなんですか?」
顎を擽りながらオズワルドに尋ねられ、ニーナは少し考えると質問を返した。
ニーナは生の果物もドライフルーツも得意……というか基本的に嫌いなものはないのだ。
「私か? 特に考えた事がないが……そうだ。ニーナが剥いてくれた林檎は美味かったな」
実家に帰っていた時だったろうか。母親が買ってきた林檎をデザートとしてオズワルドに剥いた事があった。
外で羊を見ているときだったので、食べさせあいっこをしていて、弟達に見られ後で盛大に揶揄われてしまったのでニーナもよく覚えていた。
あの時こそ恥ずかしかったが、もうなんだか懐かしい。
「……すまない。家族の事を思い出させてしまったか?」
一瞬黙ってしまったニーナの顔を、オズワルドが気遣わしげに覗き込んできた。
僅かに下がった眉尻、そして耳と尻尾に、ニーナの心が温かくなる。
(もう、オズさんはいつでも私の心配しかしないんだから)
「大丈夫です。……ねぇ、オズさん。じゃあ生の林檎をたくさん買いましょう? また剥きますね。それで余ったらドライフルーツにします。それなら二人で一緒に食べる事になるでしょう?」
我ながら良い考えだ。
そう得意げに笑い、オズワルドの顔を見れば、オズワルドはぱちぱち、と銀色の睫毛を上下させて、ニーナの肩に顔を埋めた。
耳がパタパタと動いてくすぐったい。
「まいった。可愛い」
「ちょ、……」
するりと腰を支えていた手が、胸に伸びる。
プチプチとボタンを外されて素早く入り込んできた手に、ニーナは慌てて距離を置こうとした。
「だっ駄目です! まだ明るいですから!」
「少しだけなら大丈夫だろう?」
「とか言って、いっつも少しじゃないじゃないですか!」
身体に巻きつけるように絡まる尻尾を反射的に撫でながらも、ニーナはそっぽを向く。
そうだ。こういう時にヤマトから渡されたものがあるのだ。
蜜月の真っ只中。性欲過多になりがちな『番』から、身を守るための――例の薬である。
オズワルドの臨床実験が終了したと同時に、希望する獣人達に投与されそれぞれ効果を見せている。これならば来年のシュケルトの王女とエルティノの王子の結婚式の列席問題も片付くだろうとの事で、二国の未来も明るい。
ニーナは少しの懐かしさを感じながら、ポケットに忍ばせておいた小瓶を、今にもくっつきそうな二人の唇の間に差し込む。軽く見張られた深緑色の瞳にニーナはにっこり笑うと、久しぶりのあの言葉を口にしたのだった。
「オズさん! お薬の時間です!」
おしまい