【42話】お薬の時間です!~狼騎士隊長の担当看護師に任命されました~
六、お薬の時間です!
――そして三ヶ月後。
ニーナとオズワルドは獣人の国エルティノへ向かう船の中にいた。
飾り気のない軍人を運ぶだけの軍艦なのだが、それでも一緒に戻るキキルを初めとしたオズワルドの部下たちの心遣いで、二人が使っている船室は新婚さん仕様になっている。
リネンやファブリックは優しいピンク色で揃えられ、ニーナのためにクローゼットや鏡台も運び込まれた。その部屋だけ見れば高級ホテルそのものだ。
その中でも二部屋ある内の一部屋を潰すように鎮座する寝台を見た時の恥ずかしさは、おそらく一生忘れられないだろう。ニーナは真っ赤になってしまい顔を上げる事ができなかったのだが、二週間も経てば、それももうすっかり良い思い出となった。
そして今日も――夕方よりも少し前に仕事を終えたオズワルドに強請られるまま、ニーナはせっせとオズワルドの口にドライフルーツを運んでいた。
手にしたドライフルーツは、先程オズワルドの部下が持ってきてくれたものだ。今日の午前中、寄港した港のお土産であり、ニーナが新婚故の『諸事情』で降りられなかった事を気の毒に思ってくれたらしく、わざわざ買ってきてくれたのだが、残念ながらニーナは一口も食べる事ができていない。
「……オズワルド様、喉が乾きませんか?」
ふる、と首を振って、ドライフルーツを味わう事なく二噛みほどで飲み込んでしまうオズワルドに貧乏性のニーナはつい『もったいないなぁ』と思ってしまう。
「問題ない。それで最後だな」
ニーナが摘まんでいたドライフルーツに狙いを定めて、顔を寄せるとぱくりと食べてしまった。
(オズワルド様、甘い物好きじゃないだろうに……)
小さく溜息をつきテーブルから一旦離れたニーナは、わざと苦めに淹れたお茶をオズワルドへと差し出した。
どうやら猫舌ではないらしく、苦味の強いお茶を一気に飲み干したオズワルドは、ようやく人心地ついたように厳めしい顔を緩めた。相当無理をしていたらしい。
「ありがとう。ニーナのお茶は美味しいな」
「どういたしまして。……もう、オズさん無理に食べなくても良かったんですよ」
とにかく獣人の独占欲というものはものすごい。自分の部下から「二人でどうぞ」とわざわざ言ってくれたお菓子まで嫉妬の対象になるらしい。
『あー……隊長は特に我慢の期間が長かったからねぇ』
キキルと三人でお喋りしていた時も、しっかりと自分を抱き込んでいたオズワルドを思い出して、苦笑する。
そして今も三人掛けの広いソファだというのに、オズワルドは隣に座ったニーナの腰を引き寄せて、首筋に顔を埋めニーナの匂いを楽しんでいる。……と言うと少々語弊があるが、『番』の匂いを嗅ぎ、心のバランスや体調を確認する事で安心しているのだそうだ。
なにその簡単診察システムみたいなの……、と、看護師であるニーナは心の底から羨んだのだが、『番』限定だと知ってほっとした。ニーナはエルティノで、シュケルトと同じく看護師として働く事が決まっているからだ。就職先はオズワルドがいる獣騎士団……という分かりやすいコネで職権乱用ではと心配になったが、キキルに『騎士団長の秘書は『番』の奥さんだよ』と笑われて気にしない事にした。郷に入れば郷に従え、である。
向こうにはシュケルト出身の人間の医師もおり、なんと女性だという。ニーナはしばらくその人について獣人の事を勉強する予定になっていて、新しい生活も楽しみだ。
そして例の『発情抑制剤』について――結論だけで言えば成功だった。
副作用もなく一週間程前から服用する事で、衝動を抑える事ができるらしい。これで騒ぎを起こさずに済んだと、実験に協力した礼としてニーナはエルティノの第三王子から直々にお礼の手紙を頂いた。望むならエルティノでの新居は王家が用意するとの申し出だったのだが――オズワルドが即座に断りの手紙を書いていた。曰く二人の新居は既に用意しているとの事で――。一体オズワルドはいつ寝ていたのだろう、と心配になってしまった。それくらい帰国前のオズワルドは多忙だったのだ。
「ニーナ。心が狭いのは自覚しているし、みっともないと思っている」
きゅうっと抱き込まれ膝の上に乗せられる。耳元を大きな骨ばった手で撫でられて、体温の高い肌にそっと身を委ねた。
甘やかすように背中を撫でられて、先日別れを告げたばかりの田舎にいる両親の事を思い出す。
そう。オズワルドは忙しい時期にわざわざ二週間も休みを取って、ニーナの実家まで挨拶に来てくれたのだ。