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【16話】お薬の時間です!~狼騎士隊長の担当看護師に任命されました~

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「触ったら痛みますか?」
 ヤマトからは呼吸器系の病気で、痛みがあるとは聞いていなかった。
 感覚過敏の恐れあり、と手早く脳内に書き留めて、一旦身体から手を離す。もしかすると初日に無理矢理注射した時も、昨日汗を拭った時も、痛みを感じていたのかもしれない。
 注意深くオズワルドの様子を窺っていると、オズワルドがうっそりと顔を上げた。
 ぼうっとニーナを見つめていた深緑色の瞳がゆっくりと瞬き、穏やかに細まった。
「大丈夫、だ……そんな顔をしないで、くれ」
 途切れ途切れで辛そうながらも、こちらを気遣う言葉にニーナは驚く。
「オズワルド様……」
「……オズと」
 即座に訂正してきたオズワルドに若干面食らった。
(本当にオズ、でいいの? お貴族様を呼び捨ては、ちょっと勇気がいるのだけど……)
 そういえば獣人は地位こそあるものの、それほどかっちりとした上下関係はないのだと、つい先ほどまで診療所で読んでいた本に書いてあった。堅苦しいのも好まない、と。
 ニーナは、ごくりと唾を飲み、思い切って呼びかけてみた。
「じゃあ、オズ、さん。痛みは……」
 治まりましたか、と続けようとした言葉は途中で止まってしまった。
 なぜならニーナが名前を呼んだ辺りで、分かりやすいほど、オズワルドの顔が綻んだからだ。強いて言うのならば名前を呼んでもらえた事が至上の喜びであるような満ち足りた微笑みに、ニーナはかちんっと固まった。
(な、なんだろう……!?)
「う、あ……あのっ、痛くない、っですか?」
(噛んだっ!)
 ニーナは盛大に後悔し俯いて口元を覆う。耳まで赤くさせたニーナの一挙一動を食い入るように見つめていたオズワルドは口元を綻ばせたが、幸いな事にニーナは気付かなかった。
「……大丈夫、だ。痛みではなく、感覚が鋭敏になっているだけだ。……大分、楽になった気がする」
 一呼吸置いてそう答えたオズワルドに、ニーナはばっと顔を上げる。
 こほん、と咳払いしてからそうですか、と頷く。しかし初めてマトモに聞いたオズワルドの長文。低く硬質だが、苦しげな息のせいで掠れているのが余計に鼓膜に残ってしまう。
(この人、声まで色っぽいなんて何かフェロモンでも出てるのかしら……)
 完全な仕事モードのニーナがそんな風に思ってしまうほどの攻撃力である。きゃあきゃあ騒ぐ街の女の子達の気持ちが分かってしまった……が、慌てて心の中で喝を入れる。
(駄目駄目。仕事中に私情を持ち込むなんてプロ失格だから!)
 患者にこんな気持ちを持つなんて許されない事だ。ここ最近は特に動揺しすぎている。ニーナは反省し、もう一度気分はどうかと尋ねれば「問題ない」と返ってくる。調子の悪さを除いても、オズワルドはキキルとは違って、あまり言葉数が多くなさそうだ。
(でも、こういう人って痛くても痛くない、って言っちゃうのよね……)
 ギリギリまで我慢するタイプの人が、重篤になってしまう事はままある。
 表情、顔色をチェックし、最後に体温計を脇に差し込む。時間を置き体温計の数字を読み取れば、人間よりはるかに高い体温だが彼らにとっては平熱だ。
「……手間を、掛けさせる」
 意識がしっかりしたのだろうか。ふいにそんな謝罪の言葉が聞こえてきた。気付けば昨日までぶんぶん動いていた尻尾までしゅんとしていて、思わずにやけそうになってしまった。獣人は尻尾で感情を表す事が多いが、大人は余程感情が高ぶらないと殆ど動かないそうだ。おそらく成長過程で感情のコントロールができるようになるという事なのだろうが――オズワルドも、今は体調の悪さの方が先に立っているのかもしれない。しかし尻尾に関してはできるならそのままでいて欲しい。感情が分かりやすいし、ふわふわ動く尻尾は何より可愛くて癒される。
「いえ、大丈夫ですよ。お薬が効いてきましたか? 良かったですね」
 緩んだ笑顔のままそう言えば、オズワルドは眉間の皺を薄くさせた。
「……ああ、君のおかげだ。ありがとう」
 ゆったりと微笑む姿は、格好良いを通り越してどこか神々しい。
(は――……、確かにこれは惚れるわ)
 先程の反省も忘れて、否、覚えてはいたが、無駄だったのだとニーナは悟った。
 苦味走った良い男とでも言うのだろうか。言葉尻が丁寧になった分、声の質がよく分かる。もう少し元気になればきっとよく通る美声を聞く事ができるはずだ。
 オズワルドが騎士服に身を包み、キキル達に指示を送る姿はきっと凛々しく格好良いに違いない。
 何だかその日が楽しみになったニーナは、自然と微笑み「一緒に頑張りましょうね」と励まし――オズワルドは目元を柔らかく綻ばせた。
 そして処置を終え、帰る時に「夕方は冷えますから」と出てきた執事からショールを手渡された。もちろんニーナは断ったのだが、執事に「受け取ってもらえなければ、オズワルド隊長は悲しまれるでしょう」と、諭されてしまい受け取ってしまった。どうやらオズワルドが用意してくれたものらしい。
(さっき言ってくれたら良かったのに)
 数分前に寝室で別れたばかりのオズワルドを思い浮かべて、そう思う。

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