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【15話】お薬の時間です!~狼騎士隊長の担当看護師に任命されました~

作品詳細

 執事は余計なお喋りをする事なく、しかしその静寂を焦らせるような空気を出す事なく、初日と同じようにオズワルドの寝室へと案内してくれる。足音もなく、執事として優秀なのだろう。もしかすると彼も貴族なのかもしれない、と思ってニーナは改めて姿勢を正した。
 今日は執事に促される前にニーナはお礼を言ってから居間を横切り、寝室の扉をノックした。
「こんにちは」
 今日も猿轡なのだろうか。ノックに答える声はないが、中から僅かに衣擦れの音がした。
「あの、お薬の時間です……」
 なんとなく昨日のキキルの言葉を借り、ニーナがそう言いながら部屋に入っていけば、やはり昨日と変わらず寝台の上にオズワルドが横たわっていた。
(あ、拘束具は初日に戻ってる……)
 唯一違うのは口元の猿轡だった。いや形状から言えば猿轡ではないかもしれない。
 鼻まで覆われたマスクは鉄製だった。鼻は革らしき布で覆われ後頭部できつく編み込まれて固定されていた。口を覆うのは鉄製の細い格子で、野犬を捕まえた時に使う口輪のような構造になっており、どこか痛々しい。しかし形の良い少し厚めの唇が見えているので、これなら会話もできそうだが……こんなものがあるのだと感心してしまった。
(見た目がちょっと気の毒だけど……これならもしかしてお話できるかしら)
 そろりそろりと近付けば、オズワルドは寝台の上でくるりと身体を回転させた。
 ぱちっと目が合って形の良い唇が小さく震えた。
「ニ、ナ……?」
「っ……! はい! ニーナです!」
 どきんと跳ねた心臓のせいで、大声で答えてしまい、慌てて口を押さえる。
 ちょっと落ち着こう、と自分に言い聞かせながら寝台の脇まで歩み寄り、オズワルドと視線が合うようにしゃがみ込んだ。
 焼きつくような強い視線はそのままで、ちょっと怯んでしまうが、もしかすれば彼はこれが素なのかもしれない。少しずつ慣れてきていたニーナは、オズワルドの表情を注意深く窺う。
 わずかに頬が火照っていて、熱はまだありそうだが、呼吸は安定している。昨日の様子から考えると目に見えて回復しているように思えた。
(さすがヤマト先生のお薬だわ……)
「ニー、ナ」
 熱のせいだろうか、掠れた声は恐ろしく低いが、不思議と聞き取れる。余韻が鼓膜に残るような声は甘く、向けられる視線と同じように静かに熱い。
(……というか、オズワルド様、最初に名乗った時の事覚えてるんだ)
 初めて名前を呼んだ、という事はそうなのだろう。
 ちょうど良いきっかけを貰い、ニーナは向けられる熱視線に対抗するように、冷静な振りをして、にっこりと笑顔を作った。
「はい。ニーナです。あの、貴方を何とお呼びすればいいですか?」
 勿論オズワルドという名前は知っているが、家名や役職名で呼んだ方がいいのかもしれない。失礼だと怒られる前にそう尋ねれば、オズワルドは苦しげに吐き出した。
「……オズ」
 あまりにも小さな声だったので、ニーナは一瞬敬称を聞き逃したのかと思った。
(オズ……随分と可愛い愛称だけど……)
 屈強な目の前の男とのあまりの差違に苦笑しそうになる。シュケルトでは幼い子供を家族が呼ぶような愛称なのだが、獣人文化はそうではないのかもしれない。
 しかし、そんなプライベートな名前を家族でも恋人でもない自分が呼んでもいいものだろうか。今も少し熱に浮かされている感じがするので、正気に戻った途端、身分を弁えろなんて言われて処罰されるのも困る。
 とりあえず呼び名は保留にして、笑みを深くして誤魔化したところで――苦しげに眉を顰めたオズワルドに気付き、急いで医療鞄に入っていたトレイを取り出した。手早く注射や消毒液、ガーゼを並べる。
 腕を取り手早く前処置をして、昨日とは逆の腕を取ると針を刺した。連日注射する事になるなら、場所は変えた方が良いからだ。
「……」
 そしてまたしてもじっと見つめてくる深緑色に熱いものを感じる。
(凝視されるのだけは、慣れなさそう……)
 針を抜き、ガーゼで押さえながら、心の中でそうぼやく。いっそ文句があるのなら口に出して言って欲しい……が。
(あ、今まで言えなかっただけかも……)
 初日は酩酊状態で、昨日は猿轡。文句を言われるとしたら今この時だという事に気付いて、一瞬手が止まった。
 顔を上げれば、おそらくオズワルドと目が合うだろう。しかし続く沈黙には耐えられそうにない。とりあえず安全確保のために注射器や針等々高価な医療器具だけは鞄にしまい込み、ニーナは思いきって口を開いた。
「あの、オズ……様、気分はどうですか?」
 何か文句でもあるんですか?
 なんて直接聞けるほど、ニーナは命知らずではなく、結局差し障りのない質問をしてしまった。
 しかし返ってきたのは怒声でも、質問の答えでもなかった。
「……オズで、……いいっ」
 まだ声を出すのが辛いのか、オズワルドは呻くように返してきた。慌てて謝罪する。
「すみませんっ! まだ辛かったら話さなくて大丈夫ですから」
 そう言いながら丸まった背中を撫でれば、ますます辛そうにオズワルドの顔が歪む。

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