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【14話】お薬の時間です!~狼騎士隊長の担当看護師に任命されました~

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  三、獣人隊長は紳士でした。

「おー? ニーナちゃん。今日はソワソワしてんなぁ」
 待合室に座ってお会計を待っていた肉屋のおじさんは腰痛持ちの常連である。あまり病院が混まない昼過ぎを狙って来てくれる患者で、ニーナはいつもその気遣いに感謝しているが……明らかにからかう様子なのは頂けない。
 夕方に近付くにつれ、まさか今日もあの目立つ馬車で迎えに来るのでは……? という不安からついつい待合室の小窓を頻繁にチェックしてしまっていたらしい。
 今も無意識に見ていた窓から視線を慌てて引き剥がしたものの、肉屋の主人はにやにやしながらニーナを見ていた。
「昨日獣騎士団の誰かがここに運び込まれたんだろう? もしかして今日も来るのか?」
 ――そう。ニーナが心配した通り、こんな廃れた診療所の前に獣騎士団の馬車が止まったという話は、あっという間にご近所に知れ渡ってしまったのである。
 案の定、朝から噂を聞きつけた獣騎士団のファンらしき少女達がやってきては、中にいないかと待合室の扉をバタバタ開けたり閉めたりと忙しない。
 きゃあきゃあ騒ぐ声で明け方から眠れなかったらしいヤマトが、太い注射針を構えて、『貴様ら煩いわ! 新しい薬の実験体にしてやろうか!』と寝不足の据わり切った目で怒鳴らなければ、きっと今もいただろう。
 急患が来る事もあるし、そもそも診療所というものは体調の悪い人達が来る所なので、人だかりは感染予防の観点からも頂けない行為である。
「来ないですよー。ヤマト先生も仰ってたでしょう? たまたま巡回の時に軽い怪我をされたみたいで、一番近くにあったウチに来てくれたってだけですから」
「ほー。まぁそんなところだよな。なぁ! 獣人ってみんな良い男なんだろう? ニーナちゃん好みの男はいたか?」
 一度は納得したものの、笑みを深くしてそう続けた肉屋の主人に、ニーナは作業する手もそのままに返した。
「患者さんを好みか好みじゃないかで見た事はありませんよ」
 強いて言えば、大人しい、大人しくないで分けている。ニーナの好みを言っていいのなら大人しく診察を受けてくれて、出した薬も決められた時間に決められた量を服用してくれる患者が一番だ。
 そう言うと、肉屋の主人は残念な子を見るような目でニーナを見てきた。
 分かりやすく失礼な視線にむっとしながらも、ニーナは言い返さない。常連客は老若男女関わらず恋話が大好きで、事あるごとに揶揄からかってこようとするので、真面目に相手をすると長いのだ。
 そして肉屋の主人も帰り、がらんとした待合室を見回して、最後に時計をチェックする。いつもはもう少し忙しいのだが、騎士団の噂を聞きつけた常連が昨日の話を聞くために朝に集中してやってきたせいもあり、午後からは比較的暇だった。ニーナの長年の勘では、おそらく今日はもう患者は来ないだろう。
 マリアに渡す申し送りをメモに纏めてから、軽く掃除を始める。最後に裏庭で干してきたシーツも取り込んだところで、する事がなくなったニーナは、待合室に持ち込んでいた自分の鞄から、一冊の本を取り出した。
 まだ新しい皮の装丁の本はヤマトから借りた獣人の生態について書かれたものだ。渡された時に軽く頁を捲ってみたものの医学書というよりは、纏め書きしたもの――という印象が強い。それほどシュケルトの中では未だに獣人の生態が分かっていないのだろう。
 目次をさらったものの、結局は最初から読む事にする。
(うーん。やっぱり内臓系統は私達と変わらないのよね。肉食系も草食系の獣人も雑食だし……耳と尻尾ってどうなってるのかしら。勿論痛覚はあるのよね?)
 その辺りは獣に準じるのか、狼の体温や心拍数は知っていた通りほぼ一緒だ。
(体温が高いという事は、薬の作用や抗体なんかも……)
 しばらく集中して本を読んでいたニーナは、ふと手元が妙に明るくなった事に気付いて時計を見た。顔を上げれば、窓から西日が差し込んでいる。
「もうこんな時間!?」
 オズワルドの屋敷へ向かう時間までもう五分もない。いつもならマリアが声を掛けてくれるのだが、今日はタイミングの悪い事に、少し遅れているらしい。
 ニーナは慌ててマリアへのメモを書き、鞄に医学書を突っ込むと、ヤマトから薬を受け取るべく、診察室へ飛び込んだ。

 ――それから二十分後。
 ニーナはすっかりお馴染みになったオズワルドの屋敷の前で弾んだ息を整えていた。
 早足で歩いてきたせいで、すっかり息が切れている。胸に手を当てて深呼吸を繰り返し、落ち着いた頃合で改めて背中を反らせて大邸宅を見た。
(……さすがにちょっと慣れてきたわよね)
 ニーナがドアノッカーを叩くと、今日は初日に迎えてくれた老齢の執事が顔を覗かせた。
「ようこそいらっしゃいました」と皺に埋もれるような柔らかな笑みを浮かべる紳士の穏やかさに、なんとなくほっとしてしまう。
(やっぱり同じ人間だからかしら……)
 決して差別意識ではないのだが、彼がいるなら毎回迎えに出てもらいたい。気配はないと言っても獣人達が待機しているのは間違いないだろうから、もしもの時のために一人くらい同じシュケルトの人間がいて欲しい。獣人に対する警戒というよりは若い男性に対するそれに近いかもしれない。

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