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【10話】お薬の時間です!~狼騎士隊長の担当看護師に任命されました~

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(……人間、諦めも肝心よね……)
 そう心の中で呟いてから、ニーナはゆっくりと頷いた。
「大丈夫です。私もひと晩冷静になって考えたら、できなくもないかなって」
 本当は嘘だ。しかしマリアは王都に来てから一から仕事を教えてくれ、辞めた後もいつも気にかけてくれる頼りになる女性だった。そんな人にこんな顔をさせておくのは心苦しいし、守秘義務がある以上、他の者には頼めないのだろう。そしてなんだかんだと自分は頼られると弱いのである。
「あと駄目ですよ。アレルギーなめちゃ」
 そう。咳どころか、酷ければ喉や肺が腫れ、呼吸困難まで起こす事もあるのだ。
 拘束時間は長くて一時間もない。少し早く帰れるなら、いつも売り切れている洋菓子店の夕方の売れ残りセールだって覗く事ができる。何より謝礼も返さなくて済むなら当初の予定通り実家にお祝いを送る事もできるのだ。
「ニーナちゃん……」
(うん。断れないなら前向きにいこう。とりあえず今日はきちんとエプロンを締めていこうかな……)
 広がったワンピースの裾がどこかに引っかかり、高そうな装飾品を倒してしまったりするかもしれない。ニーナは「でも」と、未だ迷いを見せるマリアを強引にパン屋へと送り出した。そして待合室に入り、すっかり拗ねたヤマトに改めて朝の挨拶をした。

 いつものように朝の診療の準備を始めると、意外にも診察室が綺麗な事に気付く。
 昨夜あれだけ暴れまわっていたマリアだが、きちんと片付けてくれたのだろう。
 午前中の診察こそしょんぼりしていたヤマトだったが、常連の患者を診ていく内にすっかり調子が戻ったらしい。お昼に大好物の鳥の丸焼きを食べた後は、患者が来ないのをいい事に研究室に閉じ籠っていた。
 季節は初夏。病気が流行る時期でもないので、患者は少ない。
 そして三時には例の薬を完成させて一階へと下りてきたヤマトは、ニーナにちらちらと視線を送ってくる。
「……ヤマト先生。大丈夫です。ちゃんと行きますから」
 最後に来た患者のカルテを棚に戻しつつ、溜息交じりでそう言えば、ヤマトはぱあっと顔を輝かせてとことこやって来た。
「そうか。悪いのぅ」
「……いえ。でもこれからはちゃんと大事な事はあらかじめ言ってくださいね」
 許しはしたが、一応そう釘を刺せば、ヤマトは神妙な顔で頷いてから、何か思い出したように手を打った。
「……そうじゃ! ニーナ。オズワルドの屋敷はここから遠いじゃろう?」
「え? いいえ大丈夫ですよ。歩いて三十分くらいですし」
「いい。遠慮するんじゃない。実は――」
「ニーナ嬢! お迎えに上がりました!」
 裏口から入ってきたのは、昨日オズワルドの屋敷で見送ってくれた狐の獣人キキルだった。丸眼鏡の縁に一体化するほど目を細めて、ニーナを見つけると胸に手を当て昨日と同じ騎士らしい挨拶をしてくれる。
「……え? キキル、さん……?」
「名前覚えてくれたんだ! こんにちは!」
 裏口の扉越しには馬の声が僅かに聞こえる。ざわざわした人だかりと、大きな馬車の影が明かり取りの小窓から見え、ニーナはようやく事態を理解した。
(下町にこんな立派な、しかも騎士団の紋章がついている馬車をつけるなんて――!)
 悪気はないお節介ほど厄介なものはない。
 ニーナはマリアが何故いつもあれほど怒るのか、ようやく本当に理解できた気がした。

     *

 内装まで豪華な二頭立ての馬車の中、向かい側に座ったキキルが引き攣ったままのニーナの顔を見て首を傾げた。
「――え? 迷惑だった?」
 力いっぱい頷きたいのを堪えてニーナは、いえ……、と緩く首を振る。
 とりあえず一刻も早く悪目立ちする馬車を診療所から遠ざけたくて、ニーナは着のみ着のまま、更衣室に置いてあった鞄とあらかじめ用意していた医療鞄だけをひっつかみ、馬車に乗り込んだのは五分前の事だ。
「……こんな大きな馬車、滅多に下町では見ません。……患者さんが驚いてしまいますから、お迎えは今回だけで大丈夫です。ヤマト先生が無理を言ってすみません」
 なるべく失礼のないように言葉を選んでそう言えば、キキルは少し考えるように間を置いてから、眼鏡のつるを押し上げた。
「……んー。そうだね。確かに思っていたよりも裏通りにあったから、通行人の邪魔になったかも。それに悪目立ちしちゃってたしね。ごめん。女の子はみんなこういう馬車が好きかなって思い込んじゃってたみたい」
 どうやら全く話が通じない人……いや、獣人ではないらしい。確かに時と場所さえ違っていれば、物語に出てくるような馬車だ。ニーナに対してのちょっとしたサプライズのつもりだったのだろう。そう思うと強くは言えない。
 しかし心配な事がもう一つ。
 すっかり忘れていたが彼らには熱狂的なファンがいるのである。……女性の嫉妬をなめてはいけない。その果てに殺傷沙汰になり診療所に運ばれていた患者をニーナは実際に見ている。
 とりあえずお迎えは今日で免れそうだとほっとしていると、元凶でもあり患者でもあるオズワルドの事が気になった。

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