【3話】元カレ同期は諦めない~すました彼の冷めない欲情~
すっかり匡吾のペースだ。
ミーティングが終わるとすぐに部長が会議室から出て行き、二人取り残される。眞妃が会議室の片づけを始めると、匡吾も手伝ってくれた。
「……柏木くん、ありがと」
「いや、これで全部か?」
「そうじゃなくて、部長への提案、私まだまだだなって思った。さすがだね」
匡吾の表情は変わらないように見えて、少し驚いているのがわかった。これもつき合っていたから気づく変化なのだろう。
「鳴海、今日飲み行こう」
「え?」
けれど、突然の提案に驚くのは眞妃のほうだった。
「同期なのに行ったことなかったしじっくり仕事の話するのもいいだろ」
それは眞妃と匡吾の関係がただの同期ではないのが理由だ。
でも、仕事に燃えている今、彼と話をしたら楽しそうだと魅力を感じた。毎回対立するけれど匡吾の意見はいつも感心させられるものばかりだ。
「いいね」
眞妃が頷くと、匡吾はわかるかわからないかくらいわずかに口角を上げた。
「じゃあ、あとで」
「うん」
匡吾と一緒に仕事をするようになって、初めてのことだった。
しかも、別れてからも初めてだ。
落ち込んでいた勢いで承諾してしまったけれど、少しの不安が付きまとう。
仕事が終わると匡吾に指定された店へ向かう。会社近くの居酒屋だ。個室に案内されるとすでに匡吾は先に到着していた。
「ごめん、待った?」
「そんなに待ってない」
待ち合わせのセリフに、大学時代のデートを思い出す。いつも匡吾は先に来ていて、さっきみたいな会話をした記憶がある。
「先に注文しててもよかったのに」
テーブルには水とおしぼりだけで、ビールすら注文していないみたいだ。
「お前なに飲む?」
メニューを差し出されて開くと、よくある居酒屋メニューだった。気取らない雰囲気の店にほっとする。大学時代はお金もなかったのでよくファミレスやファストフード店に行っていたことを思い出した。
程よい広さの個室でお互いビールを頼んで乾杯をする。
テーブルの上に並べられた庶民的なおつまみを頬張っていたら、眞妃はすっかりリラックスしていた。
「柏木くんはどうしてそんなに理論的に考えられるの?」
「性格だろ。それに、仕事となったら利益を出さなきゃいけないって考えると必然的にそういう考えになる」
淡々と答える匡吾の言葉は理解できても自分には出来る気がしない。
「でも、私はつい振り回されちゃうな……」
「それも性格。仕事として割り切れよ」
「でも……顧客あってこその仕事でしょ」
「それはそうだけど。ブランドイメージと利益を考えたうえで顧客へ向けた商品を作るのが俺たちの仕事だ。順番が逆」
ハッキリ言われてしまってぐうの音も出ない。まるでミーティングをしているかのようだ。こんな会話をしたいから来たわけではないのに。
「昔からそうだよね」
「なにが?」
「匡吾って冷静で、クールで、人に振り回されないっていうか……」
「眞妃だって昔と変わらないだろ」
先に名前を呼んだのは眞妃のほうだが、匡吾も乗ってくるとは思わなかった。
もともとこの会社で再会後に眞妃が「つき合ってたことは絶対秘密だから」と釘を刺していた。再会した時からすでに彼の仕事ぶりが評価されていたので変な注目を浴びたくなかったからだ。念押ししていたおかげか、匡吾も眞妃と同じようにただの職場の仲間という態度を取ってくれていた。
二人きりになってようやく素顔を見せることができて眞妃は気を抜いてつい昔の呼び方に戻っていた。
「お前、あれから何人とつき合った?」
「なに急に。……二人、かなあ」
匡吾と別れてから就職するまでの間に一人、就職してから合コンで出会った人ともつき合った。でも二人とも匡吾の時ほど強く好きにはなれなかった。匡吾のことで反省して、自分の気持ちをセーブするように意識していたのだと、いつも別れてから気づく。
「へえ」
「匡吾は?」
「俺も二人」
「ほんとに? モテそうなのに、ていうか大学の時からモテてたけど」
大学時代から、他の男子にはないクールな部分と端正な顔立ちが女子の気を引き、よく合コンに誘われていたのは知っている。眞妃が匡吾の彼女だとわかると攻撃してくる女子もいたくらいだ。