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【23話】元カレ同期は諦めない~すました彼の冷めない欲情~

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 ようやく一つの大きな山を越えた。
 眞妃は呆然としながら一人でリフレッシュルームでコーヒーを飲んでいた。もう中堅と言われる年数働いているのに、ようやく一人前になれた気がして、安堵のような興奮のようなふわふわした不思議な気持ちだ。
「眞妃、お疲れ。探した」
 リフレッシュルームに匡吾が顔を出す。
「な、名前」
 眞妃は慌ててきょろきょろと周りを見回したけれど、小さな部屋には誰もいないことはすぐにわかった。
「誰もいないから大丈夫だろ」
「ひゃっ」
 名前を呼ぶだけでなく、匡吾は眞妃を引き寄せ抱きしめた。眞妃は動揺しながらも、喜びから素直に匡吾の背中に手をまわす。
「よくやったな」
「……匡吾のおかげだよ」
 今回の説得方法は、匡吾から学んだものに過ぎない。今の自分の力ではだめだと気づいたから、彼のやり方を参考にしただけだ。
「あんなデータ持ってくるとは思わなかった」
「匡吾がよく言ってたでしょう。数字が大事だって」
「それに反発してた眞妃だから驚いたんだよ」
「匡吾を見習ってみようと思っただけ」
「うれしいこと言ってくれるな。でもちゃんと自分の主張も入れてきたな」
 匡吾の仕事の仕方は参考にしつつも自分の主張も曲げたくなかった。いいとこどりというやつだ。
「うん、だって……お客様の意見は大事でしょう?」
「その通りだよ」
 匡吾の両手が眞妃の頬を包んだ。キスをされる、と身構えたけれど、唇が下りてくることはなかった。そのことに少しだけ寂しく感じる。
 匡吾はまだ眞妃の返事を待っているということだ。
「今日打上げするか。二人で」
 二人で、という言葉にドキリとする。
 ひと段落したということで、匡吾に答えを出さないといけない。
 でももう眞妃の気持ちは固まっていたので、頷く以外にはなかった。
 
 
 久しぶりの匡吾との食事は、ほどよく薄暗いバルだった。間接照明が良い雰囲気を醸し出していて、テーブルの間隔も広く落ち着きそうだ。
「とりあえずお疲れ」
「お疲れさま、いろいろありがとう」
 ワインで乾杯をして、運ばれてくる料理に舌鼓を打つ。チーズが売りのお店らしく、どれもおいしそうだ。食事を楽しみたいのに心が落ち着かなくてそれどころではない。
 二人きりは久しぶりで以前よりも緊張しているのがわかる。しかも今日、眞妃は自分の気持ちを伝えるつもりだ。
 待っててくれてありがとう、好きです、と。
 その緊張からか、食事がなかなか喉を通らない。
 言おう言おうと思いながらも時間が過ぎていくばかりだった。匡吾はどういう気持ちで誘ってくれたのかわからないけれど、仕事の話ばかりだ。まるで本当に仕事仲間に戻ったみたいで不安になる。
「匡吾」
「ん?」
 勇気を出して声をかけても、彼の目を見ると言えなくなってしまう。
「……リ、リリース楽しみだね」
「気が早いな」
 匡吾がフッと吹き出す。
「だって」
「こんなにがんばったんだから良い商品にしような」
「……うん」
 それはそうだけど、言いたいことはそうじゃない。眞妃はどうして伝えられないのだと唇を噛んだ。
「そうだ。俺から報告があるんだけど」
「な、なに?」
 先を越されてしまった。告白というのはなかなか難しいものなのだと知る。
「俺、海外行くことになった」
「…………え?」
 あまりにもさらりとした、思いもよらぬ報告に頭が真っ白になる。
「部署を新設するらしくて、こっちのノウハウを活かして研修してほしいって部長命令。経験にもなるし行こうと思う」
「そ、そっか」
 眞妃は手元に視線を落とす。
 匡吾はいつ海外行きを決めたのだろう。眞妃が仕事に集中している間に? 今さら考えてももう遅い。匡吾は意志を曲げない人だ。彼のキャリアのためにも、海外行きは必要なことなのだろう。
 でも、もう眞妃は言えなくなってしまった。何か言わなければと勇気を出して顔を上げる。
「は、離れるなら終わりにするのにちょうどいいね」
 笑ってみたけれどうまく笑えているかはわからない。
「……本当にそう思ってるのか?」
「もちろん」
 迷っている暇はない。眞妃がすぐに答えると、匡吾はわずかに眉根を寄せる。
「わかった。約束通り諦めるよ」
「……」
 これで終わり。
 あっけないものだ。
 ここでもし眞妃が好きだと言ってみたらどうなるのかと少し考えてみたけれど、絶望的な結果にしかならなかった。だって、あんなに近くても失敗した二人だ。遠距離恋愛なんかもっとだめに決まってる。眞妃には寂しくて我慢できなくなる未来が見える。
 今さら告白なんてできない。

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