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【1話】元カレ同期は諦めない~すました彼の冷めない欲情~

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1.犬猿の彼と一夜の過ち

 いつも目の前に立ちはだかる人がいる。
「……ですので、私は新商品の開発に着手すべきかと思います」
「反対です」
 柏木かしわぎ匡吾きょうごは間髪入れずにそう主張する。
「理由を教えてください」
 鳴海なるみ眞妃まきも負けじと、彼に聞き返す。
「まず、既存商品の見直しが第一だと考えている。新商品の開発ばかりで目新しいことに挑戦したい気持ちは理解するが、今回の新企画を考えるうえで重要視されていることは『売上の安定』だ。会社全体として商品レベルを上げる必要がある。現に、既存商品の売上が落ちている」
 匡吾は「ちょっと貸して」とモニターに繋ぐコードが欲しいと主張するので、仕方なく眞妃のパソコンから外して彼に手渡した。モニターには彼の用意したグラフが表示された。
「数字を見れば一目瞭然だ。新商品の売上だけが良くて、既存商品の売上が芳しくない。まずはここを底上げしてから新商品の開発でも遅くはないだろ」
 鋭い視線で匡吾に訴えられて、眞妃は何も言い返すことができない。
 いつもならここで負けているところだが、今の眞妃は違う。前回担当した新商品が大当たりしたため自信と勢いがあった。
「でも、新商品を待ち望んでくれている顧客は多くいるんです」
「エビデンスは?」
「アンケート結果です」
 再び眞妃のパソコンにモニターへのコードを繋げ、表示させる。それは顧客アンケートのコメントを眞妃がまとめたものだ。
「新商品に対する意見、それから次の商品も楽しみだという意見ばかりです」
「でも、さっき見せたように数字にははっきり出てる。コメントはありがたく頂戴するとしても鵜呑みにせず数字を見るべきでは?」
 匡吾の言っていることはその通りだ。
 アンケート結果はあくまで参考程度に。それよりも会社としては実績、売上を見るべきだということはわかっている。でもアンケートでもらったコメントがあまりにうれしくて、眞妃はそれを大事にしたいという気持ちを捨てきれない。
「鳴海、他に言いたいことは?」
 眞妃と匡吾の攻防を静かに見守っていた部長は、ゆっくり口を開く。これはもう終わりにしろという合図だろう。
「……以上です」
 眞妃はパソコンからコードを抜き、疲労困憊ひろうこんぱいでイスに座る。
 大きくため息を吐きたい気分だったけれど会議が終わるまではだめだと我慢した。
「そうだな、柏木の案でいこう。確かに既存商品の売上が落ちているので他ブランドとの競争を勝ち抜くためにはブランド全体のレベルを上げるべきだ。今回は商品改良を優先すべきだろう」
 部長が出した答えは、匡吾と同じ意見だ。
 わかっていた。わかっていたけれど。
「以上。正式な担当者は後日連絡する」
 眞妃の気持ちは置いてきぼりでガタガタとイスから立ち上がる音がする。
 また、匡吾に負けてしまった。
 小さくため息を吐いて立ち上がり会議室を出ると、外で待っていた同僚に声を掛けられる。
「お疲れ。眞妃、柏木くんとやり合えるのすごいね」
「そう?」
「だって表情無いから怖いもん。男でも近寄りがたいとか言ってる人いるのに」
 確かに匡吾の表情筋はどこかに置き忘れてしまったのではないかと思うほどだ。でももう慣れてしまった。
「あんなのいつものことでしょ」
「……だから眞妃も有名人になるのよ……」
「有名人?」
 耳慣れない言葉に思わず聞き返す。
「そう。眞妃と柏木くんコンビは部内でも注目の的」
「コンビって……」
 嫌な言い方だ。コンビになりたくてなったわけではない。
「まったく違う二人が言い合ってるのは見てておもしろいし」
「見世物じゃないよ……」
 眞妃は本気だし、きっと匡吾も本気だ。仕事にたいして本気でぶつかり合っての結果、いつも意見がぶつかるので議論しているだけだ。
「そうだけどさ、眞妃もすごいよ。柏木くんにぶつかっていくから」
「……だって私、柏木くんに負けたくない」
 匡吾の背中をキッと睨む。
 眞妃は別として、匡吾は社内でも一目置かれた存在だ。
 仕事ができるのはもちろん、精悍な顔立ちをしているのに無表情。極めて冷静、そして理論的。誰が相手でも同じ態度で自分の意見を主張する。もちろん押し付けるわけではなく正論を言っているだけだ。
 面倒くさいと諦めてしまう人もいるくらいだ。
 でも彼の言っていることは何も間違っていないだけに、言い返すこともできないのが悔しい。

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