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【8話】溺甘弁護士の真摯なプロポーズ~三年越しの約束を、もう一度~

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「えー、そうなんだ。自覚なかった」
 文乃ちゃんは目元を和らげて微笑む。
「八年も一緒にいるのに、いまだに付き合いたてのような関係のふたりがうらやましいです」
「旭はどうか分からないよ」
「いやいや、旭さんも莉奈さんと三百六十五日、二十四時間一緒にいたいと思っているはずです。そういう顔しています」
「また顔?」
「はい。私、表情から相手の感情を読み取れるんです」
「すごい。エスパーだ」
「はい」
 ふたりで軽口をたたいていたら、沈んでいた心が晴れやかになっていく。
 今の話にあったように、もしかしたら暗い顔をしている私を元気づけようとしたのかもしれない。
「莉奈さんが結婚したいと思っているなら、それを素直に伝えればいいんじゃないですか?」
「うーん……やっぱり、そうかな?」
「そりゃあそうですよ。だって旭さんはすでに莉奈さんと結婚したいと言っているんですから」
「でも司法試験に受かってからって、私から言い出しているから。せっかく待ってもらっていたのに、なにを今さら……ってならないかな。それに、もしかしたら今の旭は結婚したいと考えていないかもしれない」
 春風に吹き流されそうなほど小さな声でつぶやくと、文乃ちゃんは静かに歩みを止めた。
「莉奈さん」
 改まって名前を呼ばれて鼓動が速くなる。ごくりと喉を鳴らして、なにを言われるのだろうと身構えた。
「結婚ってタイミングって言うじゃないですか。私、その通りだと思うんです。長く付き合っていても結婚しない人はしないし、結婚する人は交際期間ゼロ日でも結婚します。だからタイミングを、自分で作ったらいいんじゃないですか? 旭さんが莉奈さんを好きなのは間違いないです。もっと自信を持っていいと思います」
 真剣な表情からは、私のためを思って言ってくれているのが伝わってくる。
 彼女の思いやりに胸が熱くなり、細い息を吐いた。
「文乃ちゃんの言う通りだね」
 旭との関係に不安感を抱いて、それで自分を追い詰めているくらいなら、約束に囚われず逆プロポーズするのもいいのかもしれない。
「結婚についてはどうなるか分からないけど、まずは自分の気持ちを話してみる」
「旭さんなら全部受け止めてくれますよ」
 文乃ちゃんは母親のような安心感を与える穏やかな表情でうなずく。
「私もそんな気がする」
 つられて笑いながら、でもそれってまた旭に甘えていない? という一抹の不安がよぎったことはさすがに言えなかった。
 
***
 
 デートの約束をしている土曜日。一時間に満たないリハビリの認知行動療法を終えて、正午前にかかりつけの心療内科を出る。
 天気がよく、薄い水色の空を仰いで目を細めた。
 今日はシナモン色のシフォン素材のノースリーブワンピースに、ベージュのブレザーを合わせてモノトーンコーデにした。フレアシルエットで甘さのあるワンピースなので、ブレザーで雰囲気を落ち着かせたつもり。
 髪は毛先を緩く巻いて、耳元には動く度に揺れる華奢なデザインのイヤリングをつけた。
 足元はたくさん歩いても旭に迷惑をかけないようにしつつ、少しでもスタイルアップしたくて五センチのヒールを選んだ。
 これくらい気合いを入れてもいいよね。私服で会うのは久しぶりだし。
 先日のイタリアンレストランでの食事も、できればスーツから私服に着替えたかった。
 けれど仕事が終わるタイミングと予約の時間の兼ね合いで、化粧を軽く直すくらいしかできなくて。
 今日は、旭にほんの少しでも可愛いって思ってもらえたらいいな。
 脳裏に大好きな恋人の姿が浮かんで口元がつい緩んでしまう。
 先ほど旭から、『病院まで迎えに行こうとしていたけど、仕事が片付かなかったから映画館のある駅で待ち合わせしよう』と電話がかかってきた。
 はなからそのつもりだったので、迎えに来るつもりだったという言葉だけでうれしくなる。

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