• HOME
  • 毎日無料
  • 【15話】溺甘弁護士の真摯なプロポーズ~三年越しの約束を、もう一度~

【15話】溺甘弁護士の真摯なプロポーズ~三年越しの約束を、もう一度~

作品詳細

 反省の色を滲ませた瞳で見つめ返すと、旭は小さくうなずいた。
「そうですか。私の婚約者が失礼いたしました」
 その言葉に男性が旭と私の顔を交互に見る。表情には、『このふたりが婚約関係?』という訝しさが浮かんでいるように見えた。
 わざわざ私たちの関係を説明したのは、この状況に介入するために必要だったからだろう。
 たとえそういう理由があっても、こんな状況でもハッキリと伝えてくれてうれしかった。
 旭は私の腕を取ってゆっくり引き上げる。よろめきながら立ち上がると、すかさず背中に手を回して支えた。
 そのまま優しく包み込むように私を抱きしめ、「怪我はない?」と耳元で囁く。
「だ、だい、じょうぶ」
 堂々と抱きしめられて驚き、動揺を隠しきれずにどもりながら答えると、旭はやんわりと私の身体を離した。
 一つひとつの行動から旭の思いやりが伝わってきて胸が熱くなり、きつく締めつけられて苦しくなった。
『なんだこいつら』とでも言いたそうな眼差しを向けている男性と、旭は改めて向き合う。
「理由はどうあれ、行き過ぎた行為は刑法第二百八条の暴行罪に触れる場合があります。例えば、相手の腕や衣服を掴んで引っ張った、など。暴行罪の罰則は、二年以下の懲役もしくは三十万円以下の罰金、または拘留もしくは科料」
 さらさらと水が流れるように聞き取りやすい声音で説明をした旭に、男性は目を細めて顎のあたりをさすった。
「さっきからなに? あんたの婚約者も同じような話をしていたんだけど」
「弁護士です。なにかお困りでしたらご相談にのりますよ」
 旭は男性ではなく、まだ地面に座り込んでいる女性に顔を向ける。女性は目を大きく見開き、それから私を見た。
「本当ですよ。彼の胸に弁護士バッジがついています」
 男性と女性の視線がスーツの襟に輝くバッジに注がれる。
 旭は今日も裏返すのを忘れていて、そのおかげでバッジが本物だとひと目で分かる。
 男性は旭が弁護士と知って冷静になったのか、ばつの悪い顔を作った。
「俺はただ、話をしていただけで……」
「彼女の様子を見るからに、今は落ち着いて話ができないようです。日を改めた方がよろしいのでは?」
 旭は丁寧な口調で男性を諭し、スーツのポケットから名刺を取り出して、女性と同じ目線になるように屈んで目の前に差し出した。
「なにかありましたら、お気軽にご連絡ください」
 女性は困惑した様子だったが、受け取った名刺を大切そうに握りしめた。
「どちらに向かわれますか? お送りします」
 旭の言葉を受けて女性が立ち上がろうとしたので、その手を取って彼女が立ち上がるのを補助した。女性の脚が震えているのが分かって胸が痛む。ずっと脚に力が入らなかったのだろう。
 女性は私たちに頭を下げて遠慮がちに口を開いた。
「ありがとうございます。あの、家族に迎えにきてもらうつもりで……」
「そうですか。それなら、ご家族がみえるまで一緒に待っていますよ」
 ひとり蚊帳かやの外に追いやられた男性はチッと舌打ちをする。先ほどまでの威勢はどこにもなく、その変わり様に面食らうほどだった。
 暴力的な人間は、自分よりも弱いものに対して一方的に攻撃を加える傾向にある。彼も恐らくそれだ。
 弁護士の登場に加えて、彼女の家族が来ると聞いて尻込みしたのかもしれない。
 男性は今になって周りの目を気にするように俯いて、なにも言わずに足早に去っていった。
 男性のうしろ姿が完全に見えなくなるまで見届ける。何事かとうかがっていた人たちもぱらぱらと散っていった。加賀美さんの姿もいつの間にか消えている。
 用事があったのだろうか。向かう方角が一緒だった旭と駅まで来たのなら自然な流れだろう。
 しばらくして車で女性を迎えに来たのは弟さんで、こちらが恐縮するほど何度もお礼を述べられた。親身になってくれる家族がいるなら安心だ。
 あの男性がもう女性につきまとわなければいいのだけれど。

作品詳細

関連記事一覧

テキストのコピーはできません。